ハローアメリカ!

上雲楽

ウェルカムアメリカ!

 まゆみは良心的一般的アメリカとして第三月面養成学校に星条旗のビキニを身に着け入学式に臨んだが、現代アメリカではアメリカである程度ではもはやアメリカではないことに否応なく気が付かされた。だいたい月面基地もアポロ計画は捏造の産物なので、ここはハリウッドにあると信仰するのがアメリカ流のプロテスタンティズムだが、まゆみは近代的理性に裏付けされた科学的知見を忘れることができず、六分の一の重力を実感してしまった。これでもまゆみはバーベキューしたり青いケーキを食べたりアメリカザリガニを放流する程度にはアメリカたろうとした。

 学長がマイクテストをした。もちろん英語で。

「みなさん、アメリカですね。しかし、ここではアメリカであることに満足してはいけません。アメリカがアメリカである精神はフロンティアスピリットです。ですからここはアメリカなので全然アメリカではありません。みなさんがよりよくアメリカならんことを」

そのあと小粋なアメリカンジョークを挟んで爆笑をかっさらい、学長はリメンバー・パールハーバーと叫んだ。

 まゆみは当然合衆国憲法と独立宣言は内面化していたが、プロテスタントたることにアイデンティファイしつつ、懐疑を挟むのが苦手だった。そこでまゆみが入学のためにアピールしたのはフロンティアスピリットだった。いかにイエロー・モンキーたる自分が、近代的合理主義を受け入れるに至ったか。いかにネイティブ・アメリカンへの差別意識を内面化しつつ人権的保護を図ったかアピールした。アメリカザリガニの放流も効いたのであろう、見事まゆみは良心的アメリカとして入学式へのチケットを簒奪することに成功したのだった。現在太陽系内にいる観測可能な人類のうち九割がアメリカである。アメリカ独立宣言の精神はイギリスから、アメリカから、ひいては国籍すらから独立し、あらゆる個人こそがアメリカになった。星条旗には現在120億の星が描かれ、リアルタイムで増殖している。

「静止した星条旗なんて全然アメリカじゃないぜ」

とリーゼントの男にまゆみは突っかれた。もちろん英語で。

「でも、よく見て。私の身体がすでにアメリカであるなら、静止した非アメリカ的星条旗に侵略され隠蔽されているのってめっちゃアメリカじゃない?」

と日本語訛りの英語で返事すると、男はヒューと口笛をあげて褒め称えた。ディスカッション能力は当然アメリカに求められている。すべてのアメリカは三段論法できるので天使のようであり、聖書に宣誓するのは私達が天使でもありうる可能性だった。

 入学式でみんなでアメリカ国歌を歌うしきたりは過去のものだった。国家という枠組みからアメリカが逸脱した以上、国歌は存在しえない。各人思い思いに良心的アメリカにふさわしい歌をチョイスする必要があった。まゆみが選んだのは「ひろしま平和の歌」だった。ヒロシマとナガサキは土地としては侵略の精神を体現した極めてアメリカだった。まゆみはナガサキ産まれの隠れキリシタンだったらもっとアメリカになれたのにと妄想したものだった。

 入学式の終わりはダンスパーティーが始まる。各人気に入った異性を見つけて性行為を行い、アメリカを増殖させるのが良心的アメリカの態度だった。

さっきのリーゼントが

「踊ろうぜ!」

と誘ってきた。

一度は断るのがアメリカ流儀のレディなので小粋に断ったあと、男は性欲を抑えきれないポーズを取って口づけした。舌が口内に挿入され、まゆみは内側からついにアメリカになれた気がした。

イカしたジャズとロックとテクノとその他もろもろのあらゆる音楽が反響して、喘ぎ声のようにのたうち回り、どこかのフレーズがドヴォルザークの「新世界より」を連想させたとき、まゆみはアメリカ的オーガズムを迎え、原爆投下を正当化した。

「ごめんアメリカした」

とリーゼントの男はウィンクした。

「コカ・コーラで膣を洗えば大丈夫よ」

とまゆみは答え、そのあともアメリカしまくりだった。

 この月面がハリウッドにあることをまゆみは次第に忘れていった。頭にあるのはメイクマニービッグドリーム。資本主義の論理ってプロテスタンティズムと合致してサイコーと騎乗位で感じた。

 喧騒はまだ終わらない。月にはまだ星条旗がぶっ刺さっているのだから。

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