第12話 焦燥感
噂には聞いていたが、ひどい訓練だ。
貴族が見学に来る席はVIP待遇なのに、騎士たちは汗水出して働いている。
この貴族たちはたまたまその家に生まれただけで偉くもなんともない。
どんな偉業も成し遂げていないのに、偉そうにふんぞり返っている。
ランニングから始まるいつもの訓練とは違い、今日は貴族が見にくる公開訓練日だ。
騎士は貴族に取り入ろうといいとろころを見せようと必死になる。
貴族は騎士になめられないようにいつもより偉そうにしている。
お互いの立場がはっきり分かれるように態度に表れていた。
私は貴族にはなりたいが、貴族に媚びを売るつもりはないので、いつも通りの行動を心がけた。
クリスも同じようなスタンスようだ。
アイザーさんは明らかに様子が変だった。
貴族の視線を誘導できるように派手な立ち回りをしていたのだ。
「アイザーさんは貴族が気になるようですね」
「そうだね。アステリアほどいつも通りの人はいないだろうけどね」
「クリスもいつも通りじゃありませんか?」
「そうかな? そうあろうとはがんばっているけど、見られているのは少し気になるかな」
「私の見る範囲ではいつも通りに見えますよ?」
「そうか。それならそれでいいか」
クリスも気にはなっているようだ。
それもそうだろう。
この後は模擬戦の連続だ。
先ほどまでの一斉に行っていた打ち込み稽古とは違い、一対一の対戦だ。
いやでも目立ってしまう。
対戦相手はランダムにクジで決めるらしい。
三回のチャンスが全員にあるようだ。
もちろん公開訓練とは言っても、時間にも限りがあるので同時に五試合を平行して行うらしい。
先ほどまでの打ち込み稽古で目を付けた騎士の戦いぶりを見て、お抱え騎士にするかどうかを決めるらしい。
騎士爵を得るには、お抱え騎士となり、武勲を上げて王に任命されるパターンが一番多い。
出世街道というやつだ。
私が出世するための最短ルートでもある。
そうこうしていると一回目のチャンスが来たようだ。
私はここまでの稽古で目立つような動きをしてこなかったため、どうやら貴族の見学者が少ないようだ。
対戦相手の騎士にも目立った様子はない。
つまり、これは誰にも見られていないただの訓練ということになる。
「先輩、よろしくお願いします」
「ああ、君は見習い騎士だね。先日入団したところなのに大変だね」
「いえ、貴族に振り回されるのはお互い様ですね」
「そうだね。僕には特に目立つ技も無いから気はラクだけどね」
「お互いがんばりましょう」
「始め」
始まりの合図は放たれた。
私は名前も知らない先輩の剣を見切り、先手をとる。
先輩の上段からの切り落としを受け流し、半歩詰めて首筋に刃を置いた。
「やめっ!」
私の勝利で模擬戦は終わる。
「強いね。君なら貴族が放っておかないかもしれないな」
「そうだといいのですが……」
やはり、激しい打ち合いを制してからの勝利というパターンがウケるみたいで、私のように静かに戦う方法は貴族好みではないらしい。
その証拠に模擬戦終了後もなんのリアクションもない。
誰も何も言わない。
「次、アステリア! 第一闘技場へ」
「はい!」
どうやら、連続での模擬戦らしい。
またもや観客はいなかった。
いや、さっきもそうだが、貴族以外の騎士はたくさん来ている。
なぜか貴族だけが来ないのはどういうことだろう?
あまりに目立たない立ち回りだったから、誰も私をマークしていないのかな?
「中央へ」
「「はい」」
「始め!」
またもや、あっさり模擬戦は始まってしまった。
私は先輩の剣を受け流し半歩で間合いを詰めより、またもや首筋に刃を置いてきた。
「やめっ!」
「「はっ」」
同じように歓声は騎士からのみ。
貴族はやはり誰もいなかった。
初めは貴族に目立たないようにしていたのに、今は誰かに見てほしいと考えている。
自分の小ささが情けなくなってきた。
「次、アステリア、第三闘技場へ」
「はっ」
どうやら三連続で終わってしまうらしい。
その後は半日以上見学なのだろうか?
退屈な一日になってしまいそうだ。
クリスもアイザーさんもそれぞれ順に戦っているのか、どこにいるのかわからない。
なんだろう? この気持ち? これが不安というものなのだろうか?
女神の時には、目の前の仕事を最適化された方法ですばやくこなしていく毎日だったので、不安なんて抱いたこともなかった。
貴族に評価されていないということが、これほど自分のメンタルをえぐってくるなんて考えもしなかった。
第三闘技場についた。
対戦相手はアイザーさんだった。
「まさか、あなたでしたか」
「悪いな。勝たせてもらうっすよ」
アイザーは先ほどから目立つ試合ばかりをしていたので、貴族が見に来ている。
試合中なので人数まではわからなかったが、5人ほどはいたように見えた。
これはチャンスだ。
「始めっ!」
アイザーさんの剣の腕は一流だ。
見習いの教官であるガストン先輩より強い。
騎士の中でもトップクラスに入るかもしれない。
そのアイザーさんが目立つために、色々なフェイントを入れた攻撃をしかけてくる。
上段に構えたかと思えば、蹴り攻撃があったり、斬撃にもフェイントを入れてくる。
避けることは簡単だが、どれも受け流してみた。
蹴りに関してはアイザーさんの足を蹴り上げた。
知らないうちにイヤな戦い方になっていた。
アイザーさんより強いことを見せつけるような戦い方だ。
私はそんなことをしたくなかったのに。
心のコントロールがどうやらできていなかったようだ。
反省するしかない。
もう、終わらせよう。
「アイザーさん、ごめんなさい」
アイザーさんが振り抜いた剣を打ち払い、間合いを詰めて首筋に刃を立てた。
地味な戦いだが、私らしいとも言えるだろう。
明日から心のトレーニングをしよう。
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