第11話 噂

 先日の夕食はおいしくいただいた。

 アイザーが地元出身ということで穴場の店を紹介してくれた。

 その後は特に何もなく帰路についたが、アイザーは何か言いたそうだった。

 しかし、私の目的はあくまで騎士爵となり、アーサーさんに近づくこと。

 おいしい食事に目がくらみそうになるが、そこは踏ん張った。


 食事中の会話で情報収集もできた。

 騎士爵になるためには、必要なものがある。

 一つ目は武勲である。

 王の目に留まるような功績を上げることが第一義として必要である。

 わかりやすい例で言えばダンジョンでの成績だろう。

 私はすでに人類の最高到達点に到着しているので、問題はない。


 二つ目は伯爵以上の家から二家以上の推薦が必要である。

 私はこの国に来て間もないということでコネクションは一切ない。

 これはかなりハードルの高い試練となるかもしれない。


 三つ目は、王妃との繋がりだ。

 王妃は実質、国のナンバー2として君臨している。

 王妃の中でも正室のマリーアンが王への報告内容を精査しているらしい。

 露骨にしゃしゃり出てくるので国民の間では有名な噂となっている。

 王妃に近づくためには、武勲では不可能とされ、パーティやお茶会など、サロンでの活躍を重視しているとのこと。

 まずはそこに潜入するためにのコネクションも必要となり、二つ目と重なってくる。

 

 ここで問題なのは、毎日訓練に明け暮れている見習い騎士に貴族とのコネクションを作りに行くという時間がないということだ。

 やはりそう簡単には貴族にはなれない仕組みが出来上がっているのだろう。

 税収は変わらないからその収入を貴族で分配するシステムだと、人数が増えれば単純計算で一人分の収入は減る。

 そのリスクを負ってまで推薦したくなるような人物となれば、よほどの大物でないとなれないことは簡単に想像ができる。

 

 そんなことを考えながら日課となりつつある、早朝ランニングの訓練をしていた。

「ちょ、アステリア、はぁ、はぁ、は、速すぎるよ~」

 アイザーがうめいている。

「そうだよ。ついていけないよ」

 クリスも限界のようだ。

 それに、彼女はいつものグレートソードを担いで走っているため、他の見習いより体力が激しく消耗される。


「そんなこと言ってもこれが私の普通ですから……」

「それは普通じゃないよ~」

「そうだよ。アステリア、私たちのためにももっとゆっくり行ってくれ」

 二人は満足してくれない。


「なぜ私があなたたちに合わせなければならないのですか?」

「他の見習いが手を抜いているように見えるからだよ。アステリアだけが早すぎるんじゃなくて、他が遅すぎるようにも見えるんだ。だから、追加のトレーニングが増えるんじゃないか!」

 クリスは怒鳴りながら言ってきた。

「え? そんなことになってたんですか? てっきりたくさん鍛えた方が強くなるから喜んでやっているものだと思っていました」

 どうやら勘違いをしていたようだ。

 私は自分のこととなると客観的に見るのが苦手だ。

 下界に降りてきたのもやりすぎたと今となっては反省している。

 しかし、それほどアーサーさんを心配していることも事実だ。

 それに、彼に近づき、親密な関係になることも期待していると言えばうそになる。

 でも、私はあくまで遠目から眺めることに留めるつもりだ。

 彼は私の推しなのだから。


 などと、考えている間にランニングは終わった。

 いつも通り他の面々には追加ランニングが課せられた。

 どうやら私の責任らしい。

 悪いことをしたので、次からは気を付けよう。


「お前たち! こんな不甲斐ないランニングで次に行われる公開訓練を乗り越えられると思うなよ?」

「公開訓練?」

 なんだ? それは?

「公開訓練というのは、貴族が見学に来る訓練のことさ」

 見習い騎士の一人が教えてくれた。

 名前はまだ知らない。

「なんで貴族が見学に来るんですか?」

 単純な疑問をぶつけてみた。


「簡単に言うと『見本市』だね」

「はぁ、見本市ですか」

「そう、訓練の様子を見て、お抱え騎士にするに足る逸材を見つけに来るのさ」

「そんなことをしているのですね」

「そうだよ。俺たちが貴族様に近づく唯一のチャンスと言ってもいいだろう」

「へぇ、そうなんですね。どうすれば近づけるんですか?」

「そりゃ、目立つことだ! 模擬戦もあるから、とにかく勝ちまくれば俺たちにもチャンスがあるかもしれないぜ?」

「そうですか。いいことを聞きました。ありがとうございます」


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺の名前はワッツという。よろしくな」

「ワッツさん、よろしくお願いします。私はアステリアと申します」

「知ってるよ。お前のせいで毎日ランニングが増えてるんだからな」

 ワッツさんはニカッと笑って見せた。

 見習い騎士の中では年長に見える落ち着いた風貌が漂っている。


「それはすいませんでした。先ほど原因を教えてもらったので明日からは善処いたします」

「あはは。ありがとよ。お前さんなら貴族からも目を付けてもらえるかもな?」

「そうだといいのですが……。がんばります」


 公開訓練は来週の話らしい。

 なんでも不定期で行われ、貴族のお抱え騎士の数が減ったときに行われるらしい。

 公開訓練は見習いも含めて全員で行われる模擬戦がメインイベントなっている。

 もちろん、ランニングから始まるいつものトレーニングも公開の対象だが、だれも見ていないらしい。

 大半は模擬戦を見て招く騎士を決めるそうだ。

 希望する騎士が重なった場合は給金の多い方が勝ちとなる、オークション形式らしい。

 なんだか、奴隷の見本市みたいで気分は悪いが、貴族にとっても、騎士にとっても合理的な理由だろう。

 さっそく課題となっていた貴族とのコネクションを作るチャンスだ。

 生かしてみよう。

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