第10話 アイザーのナンパ

 ここからは剣術訓練だった。

 一周500mの練兵場の訓練コースを50周ほど走った私たち騎士見習いはもうヘトヘトだったらしい。

 と、いうのも、私は時間がきたからやめただけで、まだまだ走ることはできる。

 25kmほど走ったわけだから、下界でいう、ハーフマラソンなるものを走った後に剣術訓練という地獄のメニューというわけだ。

 その中に、私とアイザーさんの二人だけが元気いっぱいだった。

 もっとも、アイザーさんが元気な理由は単純に走っていないからだ。

 

 しかし、それにしても彼の剣術は華がある。

 綺麗な剣筋に、大きなアクション、一見無駄があるように見えて、鍛錬されたこなれた動き。

 彼の剣術は訓練場の花となり、見るものを魅了していった。

 もちろん私もそのうちの一人で、彼の動きの一つ一つを観察していた。

 スキルを『鑑定』してみると、彼のスキルに『剣の舞』というものがあった。

 恐らく、これが作用しているのだろう。

 

 彼は水を得た魚のように舞い狂ったが、ガストン先輩には一撃も食らわせることはできなかった。

 どうやら、舞の美しさと強さは比例しているわけではないらしい。

 さも、戦場に咲く一輪の道化といったところか。

 しかし、彼はとても楽しそうに剣を振るっていた。

 ひょうきんな動きや、美しい動きが彼の内面を物語っているかのようだった。


「やっぱり、先輩は強いっすね!」

「当たり前だ。お前の倍は鍛えている!」

「そりゃ、そうか。でも、俺もヤルでしょ?」

「そうだな。美しい剣だ。そこだけは評価してやろう」

「美しさだけかぁ。力強さが欲しいですね!」

 言葉を交わしながら剣戟は続けられる。

 激しい打ち付け音とは裏腹に二人は涼しい顔をしている。


「アイツ、強いな」

「ああ、走っていないにしても、剣が速すぎる」

 他の見習いも注目していた。

 どうやら彼の剣の美しさ以外にも気づくことができたらしい。

 そう、恐らく、私を除けば一番の剣の腕を持っているだろう。


 ガストン先輩も今は押さえているが、彼が本気を出せば負けることになる。

 予想だが、遅刻した手前、先輩に花を持たせているのだろう。

「アステリア、彼、強いな」

「ええ、そうですね。クリスより強いですよ」

「そんなにか?」

「はい。恐らくガストン先輩とクリスがいい勝負をして、アイザーさんはその上を行くでしょう」

「そこまでか。よし、確かめてこよう」


 クリスは私との打ち合いを中止し、二人の元へ近づいていった。

「ガストン先輩、横から失礼します。そこのアイザーと模擬戦をしたいです。よろしいでしょうか?」

「ああ、いいだろう。やってみろ」

 恐らく、ガストン先輩も手を抜かれていることに気づいたようだ。

 すぐに引き下がった。


「アイザー! いざ、尋常に!」

「OK! いいっすよ!」

「よし!」


 クリスは相棒のグレートソードを大上段に構え、振り抜いた。

 アイザーは細身の片刃剣で受け流し、クリスの間合いないに潜り込んだ。

 そこから一回転して、半歩でクリスの喉元に剣先を突きつけた。

 あっという間の勝負だった。

 まさか、これほどまで力量差があるとは私も考えていなかった。


「まいった」

「いよっしゃー! 全力出せなくてストレスたまってたんすよね!」

 ガストン先輩がジロリと睨みつけた。

「ヒィ」

 アイザーは縮こまりながら、うめいた。

「私じゃあ、役不足で悪かったな。文句あるなら今から走ってもらおうか?」

「それだけはご勘弁を!」

 見ていた全員が吹き出した。

 どうやら、アイザーは憎めないキャラクターらしい。


「さっきはありがとっす!」

 アイザーが近づいてきた。

 さっき兵舎で説教から救ったことを言っているのだろう。

「いえ、あなたが知り合いに似ているように見えたのですが、あなたの方が何倍も要領がいいようです」

「あはは。そうっすか? まぁ、これだけで乗り切ってきたっすよ!」

「そんなことはないですよ。先程の剣技は素晴らしいものでした」

「お、わかります? かなりこだわりの技っす! ちょっと、お礼も兼ねて、夕食一緒にどうっすか?」

「ええ、楽しそうですね。お誘いありがとうございます。お店はお任せしてもいいですか?」

「わかったっす。その代わりといっちゃなんですが、そこのクリスさんも誘ってもらえますか? お友達なんですよね?」

「ええ、彼女も誘うつもりでしたよ」

「お! あざーっす! それじゃあ、訓練後おなしゃす」

「はい。わかりました」


「こら、お前ら、今はまだ訓練中だ。何をナンパしてんだ? 揃って三人で走って来い!」

「ヒィ」

「はい。申し訳ございませんでした」

「ちょ、なんで、私もなんですか?」

 私はすぐに従ったが、クリスは完全に巻き込まれただけだ。

 少しかわいそうな気もしたが、これも訓練だと思って鍛えてもらおう。


 その日のクリスの夕食代は私が払うことで丸く収まったのだった。

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