第8話 ベスとクリス
私とクリスは騎士団に入団することができた。
実技試験ではどうやら8人が合格だったらしく、そのうちの二人に入ることができた。
これで、騎士爵へ一歩近づいた。
私はこういう瞬間が好きだ。
目標に一歩近づく時に心が震える。
クリスもうれしかったようで、二人で抱き合って喜んだ。
私はどうやら、クリスを友人として認めているようだ。
クリスの大剣さばきはとても美しかった。
彼女の女性的な魅力もあるからか、そこから振り出される大剣とのギャップが萌える。
推したくなる逸材だ。
ベスは、逆に私を推してくれていたようだが、どうやら私は推す側の方が気楽に過ごせる性格らしい。
女神が自己分析をしているなんてことを当時の同僚に知られたら笑われるだろうけど、私は今は人の身。
人としての心も持ち合わせている。
自己分析をしなくては人の世界でははみだし者になってしまう。
仲間を得られなかったものは寂しい人生を送ることになるのは天界から見ていたので知っている。
クリスも受け入れてくれるようなので、甘えることにした。
「ねぇ、クリス? この後、食事でもどうですか?」
早速、クリスと仲良くなりたくなったのだ。
「いいですね。行きましょう。それでは、私がお店を紹介してもよろしいですか?」
「ええ、この街には来たところなので、まったく知らないのです。助かります」
「そうですか、それでは、肉料理のおいしいお店にしましょうか」
「ありがとうございます。それでは、そちらへ行きましょう」
連れてこられたお店は高級感のあるおしゃれなレストランだった。
まるで初めてのデートで男の子が連れて来てくれるような。
ちょっと気合を入れてお店を紹介してくれたクリスが愛おしく思えた。
お店では他愛もない会話ばかりだった。
生まれはどこだとか、幼馴染はどんなだとか、剣の師匠はだれだとか……。
あっと言う間に楽しいコース料理は終わってしまった。
私はクリスがお手洗いに行っている間にそっとお会計を済ませて待っていた。
一商売できるほどにはお金は持っている。
食事の一回くらい大した出費ではない。
クリスの懐事情を知らないからできた行動だった。
「おかえりなさい、クリス。それでは、お店をでましょうか」
「あ、お会計は……」
言いかけたところで気づいたらしい。
「すまない。そんなつもりではなかったんだ。今度は私が出そう」
クリスは申し訳なさそうにしていた。
「ええ、そうしてもらえますか? また、食事に誘ってくださいね」
「ああ、そうさせてもらうよ」
話し方も彼女の普段のものになったのか、少し変化があった。
それが嬉しかった。
店の前に出ると、なぜかベスの姿があった。
「アステリア、騎士団で聞いたらここにいるってわかったから来たんだ」
「そうでしたか。どうかしましたか?」
「え、えっと……。これを渡したくて」
彼女の手を見ると、ちょこんと髪飾りが乗っていた。
銀細工で出来たかわいらしいデザインだった。
「いただいていいのですか?」
「うん。あのままお別れするのはイヤだったから記念になるものを探してたんだ。よかったらもらってくれないかい?」
どうやら、私への恋慕の気持ちが捨てきれないらしい。
困った。
私にはアーサーさんという心に誓った方がいるので、横道にそれるつもりはない。
確かに、雰囲気に流されてキスをしてしまったけど、私には本気になる理由がない。
「ありがとうございます。お気持ちは頂戴したいのですが、そんな高級品をもらうわけにはいきません。ベスも商売を始めるならそちらへ集中した方が良いのではないですか?」
「そ、そうだ……ね。すまないね。それじゃあ、これは商品にするよ。でも、気持ちはもらってほしいんだ」
「ええ、わかりました。商売が軌道に乗ったら、食事にでもさそってくれますか?」
「ああ、わかったよ。約束だよ?」
「そうですね。約束します」
ニコっと笑うとベスは振り返り、どこかへ走って行った。
納得してくれたようだ。
よかった。
ズルズルと彼女の気持ちに引きずられるのも良くない気がしたのだ。
「クリス、すいません。ここまで一緒に旅をしてきた友人だったんです」
「友人か。なんだか、私にはそれ以上の気持ちを持っているように見えたんだが?」
「そうですね。それはあるかもしれませんが、私にはその気が無いので、お断りしました」
「そういうことか。安心した」
「安心……?」
「いや、いいんだ。こっちの話だ」
クリスとは別れ、宿に帰った。
翌日は、刃こぼれした剣を新調しに市場へ行ったが、特に何もなかった。
その翌日には、騎士団への入団式だ。
これからは「騎士見習いアステリア」として活動することになる。
早く騎士爵になれるよう、頑張ろう。
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