第2話 現実を生きる

「え? ちょっと、どういうこと?」

 リーゼロッテは戸惑った表情をしていた。

 なぜ辞めることになったのかか全く理解できない。

 少しからかい過ぎたと反省はするが、辞めるほどではないのねはないか?

 そういう表情が読み取れた。

 

 でも、私の意思は固い。

 もう辞めて人間として生きて行く。

 そう思い、自分自身にありったけのチートスキルを乗せた。

 最終的に『女神』と言うスキルに統合させた。

 フレイザには一瞥をくれ、リーゼロッテには深々とお辞儀をした。

 他の女神にも一言ずつ声をかけて周り、仕事の引き継ぎをしていく。

 

 誰もが苦々しい顔をしている。

 半ばヤケクソで女神を辞めることになった私を憐れんでいるのだろうか?

 それとも、叶うかどうかわからない恋に挑戦する私を引き止めようとしているのか?


 それでも私は止まらない。

 アーサーさんのために……。

 この世界の崩壊を止めるのがアーサーさんであることを信じて。

 

 私の転移はブレイザが担当することになった。

「アステリアはムリゲーが好きなんだね! 私なら絶対にしない冒険だな! 私も冒険は好きだけど、これは冒険じゃなくて、無謀だよ?」


「好きに言うといいでしょう。私がこの手で、アーサーさんを導き、この世界の崩壊を止めてきます」


「凄い自信ね。それだけやる気があるならなんとかなってしまうかもしれないねー!」

 どこか他人事みたいに聞こえたので、気分が悪い。

 やはり、私はこの女神が苦手だと再認識させられた。

 

 転移と言っても、いきなり何もないところへ転移してしまうと、何もできずに魔物に襲われる恐れがある。

 ありったけのチートスキルを積み込んだとは言え、何にでも対応できるかどうかはわからない。

 チートはあるとは言え、現場経験の無い私はレベル1の冒険者となる。


 なので、転移先は重要な選択となる。

 出来ればアーサーさんのいるサリューム王国がいいが、転生にしても、転移にしても場所のしていはできない。

 どこにでるかは正に運ゲーだった。


 気持ちとしてはアーサーさんのところへすぐに行って力になってあげたい。

 いや、彼を育てたい。

 そして、真のピュアを手に入れた彼を手に入れたい。

 きっと彼はピュアな心を手に入れれば最強になれるはず。

 

 どうか、彼の近くに転移させてください。

 お願いします。

 この場合誰に祈ればいいのだろうか?

 上司である男神はいるが、立ち場としては同じ「神」だ。

 私には祈る対象がいない。


 そうこうしているうちに、フレイザは転移の準備を済ませてしまった。

「それじゃ、元気で頑張ってね! 知ってると思うけど、あっちへ行けば普通の人間と同じだよ。ダメージを受けると普通に死ぬから気を付けてね!」

「ありがとう。どうも私はあなたが苦手だったけど、こんな挨拶をされると、そんなこと些細なことに感じますね。行ってきます」

 ほかにも複数の女神が見送りにきている。

 リーゼロッテも何か言っているが、ほかの女神の声も大きいので何を言ってるのかわからない。

 

 しばらくして、フレイザは魔法陣に力を注いだ。

 半径20mにも及ぶ「女神」を人間として転移させる魔法陣は起動した。

 大きな光を放ち、周囲を照らす。

 転移の間が白い光でみたされる。


 再び目を開けた時、あたりには草原が広がっていた。

 現在地が特定できない。

 想定した中でもっとも恐れていたことが起こってしまった。

 人里の近くなら都市名から位置を特定することはできた。


 しかし、ここは人里から離れた場所。

 まずは、人を見つける必要がある。

 もしくは、拠点となる場所を作る必要があるか?

 いや、まずは飲み物と食料の調達が必要だ。

 

 私はアテもなく進むしかなかった。

 スキルは積みまくったが、ほぼ全てパッシブスキルだった。

 アクティブスキルはキーとなるスキル名を念じる必要がある。

 脳も人間なみとなる今の自分の体を考えて、忘れて使えなくなるスキルより、覚えていなくても自動的に発動するパッシブスキルを優先した。


 そうは言っても、いくつかはアクティブスキルも入れている。

『万物鑑定』は人物のみを鑑定させる『鑑定』の上位互換で、なんでも鑑定できる。

 これがあれば、食料を探すことは難しくないだろう。

 しばらく進むと湖があった。

 

 私はそのまま水を口にした。

 そして、ふと水面を眺めると自分の姿が映っていた。

 女神の時に比べて美しさは半減していたが、人間らしい肌や、神の色も金からピンクに代わっていた。

 身長はそのままなのか、違和感はない。

 顔の作りも大きくは変わっていなかった。

 フレイザが上手にやってくれたようだ。

 苦手だと思っていたが感謝するしかない。


 ガサッ


 振り返ると大型のイノシシがいた。

(おいしそう)

 初めてイノシシをみて感じた感想がおいしそうだなんて。

 空腹のない女神時代には感じなかっただろう。

 しとめてみたくなった。


「アイスアロー」


 ブフォンと音を立ててイノシシの頭に突き刺さり、倒れた。

(やった。はやく食べたい)

 どうやら私はおなかが減っていたようだ。

 空腹という感覚も初めてのため、新鮮だ。


 タッタラー

 タッタラー


 自身を鑑定してみると『女神』スキルがレベル3に上がっていた。

 これで、あらゆるアクティブスキルの使用回数が3回増えたはずだ。

 スキル合成の都合上どのアクティブスキルも使用回数は10が限界だった。

 それが13に増えたというわけだ。


 魔法はなんでもできるようにスキル構成を考えた。

 イメージ通りになんでも基本はできる。

 

「ストーンブランド」


 石の剣を作り、イノシシの皮を剥いだ。

 内臓を外し、胃袋で水筒をつくる。

 内臓も食べられるらしいが、鍋がないので、あきらめる。

 肉を焼こう。


 近くの雑草の中から香草となるものを『万物鑑定』で見つけ、切り取った肉に巻き付ける。

 それを骨が付いたまま魔法で作った火にかける。

 初めての下界での生活だったが、なんとかなりそうだ。


 と、思ったのもここまでだった。

 無いのだ。

 街が。

 人がいない。

 寂しさで耐えられない。

 孤独で耐えられない。


 早く誰かに会いたい。

 アーサーさん……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る