第13話
夜。
街が静まり返ったころ、漆黒の影が建物の上を駆け回る。
「ギャー!」
突如大きな悲鳴が静寂を打ち破る。
それに続いて街の数カ所から同じ悲鳴が響き渡る。
衛兵が現場についたころにはあたり一面を染める鮮血とその中央に佇む遺体らしき物しか残されていない。
遺体らしき物、といったの遺体の損傷があまりにもひどいため、パッと見人間の遺体だと判別することさえできない。
ほかの現場も同じような状況で、同じ人、もしくは組織の仕業であると推測できる。
すぐに調査が始まることになり、深夜にもかかわらず町中は混乱に包まれることとなった。
「ネアス様、次の指示をお願いします」
街の高台の上、二人の女性がルインに向かって片膝をついている。
漆黒の翼、鮮紅の瞳、かすかにその口の中から見える牙が二人の正体を示している。
黒髪のほうはレイチェ=ヴァレンタイン、白髪のほうはミイシェ=ヴァレンタイン。
二人は正真正銘のヴァンパイア姉妹である。
身にまとうゴシックな服装が二人の気質をいい感じに引き出している。
ルインは少し街のほうに目を向ける。
「今宵はこの程度でよい」
そういうと次の瞬間、高台の上の三人の姿は消える。
次の日、町中の護衛の数は今までの2倍近くに増加しており、人々は昨日の夜に起こったことで議論が絶えない状況になっている。
「報告です」
「入れ」
ドアを開けて入ってきたのは護衛の一人で、昨日領主のアルクが事件の報告を受けてからずっとそのことに頭を悩ませている。
「現場検証の結果、すべての被害者の首もとに歯でかまれた小さな傷跡が発見されており、おそらくヴァンパイアの仕業かと思われます。そして、すべての現場から血でヴァギアノンと書かれた文字が発見されております」
「…わかった。さがれ」
護衛が出ていくと部屋の中でアルクは深い思考に陥る。
情報量があまりにも多い。
現場の状況からヴァンパイアの仕業であることはほぼ間違いないが、ヴァンパイアはすでに数百年の間姿を見せていない。
なぜ今更姿を現したのか疑問が残る。
ヴァンパイア、数百年前人間がヴァンパイアを追いつめてほとんど絶滅させてからヴァンパイアは今の人々にとっては過去の文献上のものとなっていた。
ヴァンパイアは強い。ほかの人類種をはるかに上回る身体能力と高い知能によってほかの種族を抑え込んで世界の最強者であったが、ほかの種族が甚大な被害を出しながら一斉に攻撃したことによってその座から引きずり下ろした。
事件への対応を間違えるとヴァンパイアが決起する契機となるかも知れない。
そして、ヴァギアノン。今まで聞いたこともないような言葉だ、調査を急がなければ
アルクが頭を悩ませている中、ドアから再びノックが聞こえてくる。
「誰だ」
「俺だ」
ドアを開けて入ってきたのは第三騎士団団長、ハデスである。
「アルク様、話は聞いた。事態は思ったよりも深刻のようだ。俺の意見だと今すぐ王城のほうに情報を伝え、王城からの指示が下りるまで護衛を増やし、できる限り町の安全を守るしかない」
「…そうするしかないな。おい、今すぐ王城へ連絡しろ」
アルクはすぐに護衛の一人に指示を出す。
事態の重大性を考慮して、今回は魔導伝書というものを使用した。
魔導伝書は魔導具の一種で、一瞬のうちに情報を伝えることができる。
非常に高価であるため、普段は戦争中でしか使わないが今はそんなことを気にしている余裕はない。
一刻も早く対応しなければいけない。
「ハデス殿、街の安全のために貴殿にも力を貸していただきたい」
「もちろんです。市民の安全を守るのが騎士団の存在意義ですので」
「ということはあなたたちはルインが連れ帰ってきたってことかしら」
トレイド全体が騒ぎ立っている中、源初たちが住む宿の中は穏やかな雰囲気が漂っていた。
「はい、レフミス様。ミイシェとともにネアス様にお仕えしております。レイチェと申します」
「お姉さまとともにお仕えするミイシェです」
「かわいい子たちだね~」
「むぅ」
シュティが少し嫉妬したのかクーをにらみつける。
「昨日の夜のこともレイシェたちがやったのー?」
「はい。ネアス様の指示通り」
ルインとフィーがレイチェたちを宿に連れ帰り、レイチェたちを宿に置いたまま出かけたせいでクレアたちが宿に帰ってきたときに危うく戦いが始まるところだったが、レイチェたちが急いで来歴を説明したことで免れた。
レイチェたちとレエンたちがいろいろと話していた時、部屋のドアが開かれる。
ルインとフィーだ。
「やっと帰ってきな」
「早くこの子たちのことを説明してくれるかしら」
「ああ。そのことなら……
時間をトーナメントの決勝戦が行われる日に巻き戻す。
この日ルインとフィーは珍しく二度寝せずに朝から早くとあるダンジョンに向かっていた。
ダンジョン。
この世界独特なもので、洞窟、城、塔などといった形式にとらわれることなく生成される。
一説によるとダンジョンはこの世界の魔力が特定のポイントに集結したことによって生み出されるもので、ダンジョンが消滅することはほとんどない。
今回ルインたちが向かうダンジョンは《神魔の深淵》と呼ばれる世界最難関のダンジョンの一つで、未だに最後まで探索した冒険者がいない。
なぜ今回ルインたちがそのダンジョンを選んだかというと、とある書籍によると《神魔の深淵》の最深部にはかつて人類によって追い詰められたヴァンパイアの最後の皇族が封印されているらしい。
この書籍はもちろんルインがトレイドに最初に来たころに訪れた図書館らしき建物のものだ。
情報の真偽はまだわからないが行ってみればわかる話。
《神魔の深淵》の場所はトレイドからかなり離れた場所にあるが、幸いなことに魔力無限なルインたちが全力で走れば数時間でつく距離にある。
《神魔の深淵》はその名の通り深淵なので形状としては底の見えない峡谷となっている。
その範囲は広大なもので、上空から見るとこの渓谷は数万キロ(地球は一周約四万キロ)にも及ぶことがわかるだろう。
このことからもわかるようにこの世界はとても広大である。
数万キロにも及ぶ《神魔の深淵》はこのディエティ大陸を横断しており、レガリア帝国だけでなくエルフィ王国とオジワーフ共和国でもその姿が見受けられるが、入口はレガリア帝国だけである。
ほかの場所はすべてあふれ出る謎の霧によって近づいた人の魔力がすべて吸収してしまうため、比較的安全に入れるのは霧の薄い入口しかない。
話を戻すと《神魔の深淵》に無事たどり着いたルインたちの目の前に広がるのは深淵にふさわしい暗闇である。
ダンジョンから霧らしきものが太陽を隠し、視界を奪う。
そのままダンジョンの入り口、渓谷のそばにたどり着くルインたちの下には渓谷の外よりもさらに濃い霧が広がっていた。
「ここか」
「…ぅん」
そう言い残すとルインたちは少しもためらうことなく深淵の中へと飛び込む。
これはもちろん普通の降り方ではなく、普通は峡谷の各層を一層ずつ降りていくが道中で出てくる魔物と時間の関係も相まって直接最下層に飛び込むことにした。
今までこのような考えを持った人もいたわけだが、飛び込んだ人はだれ一人帰ってこなかった。
理由は簡単で一層一層降りるならまだしも、直接最下層に飛び込むことは当然ダンジョンの意識に反するもので、もしそのような人がいればダンジョンからあふれ出す漆黒の霧がその人を跡形もなく飲み込む。
とはいえルインたちはこの限りではない。
【固有名】:ネアス=ルイン
【種族】:《源念》
【称号】:破滅
【レベル】:測定不能
【スキル】
《源念》:ミメーシス
源初だけが所有する固定スキル。
「源初の理」:すべての生の上に立ち、そのすべてを知る。
「魔力支配:火炎」:火炎魔力を支配できる。
《破滅》:ミメーシス
あらゆるものを破壊できる。『破滅』の名を冠するものだけが所持する。
「破滅の理」:あらゆるものを破壊できる。
「破滅招来」:破滅<ルイン>を召喚できる。
【固有名】:ルリィ=フィーネ
【種族】:《源念》
【称号】:破滅
【レベル】:測定不能
【スキル】
《源念》:ミメーシス
源初だけが所有する固定スキル。
「源初の理」:すべての生の上に立ち、そのすべてを知る。
「魔力支配:氷結」:氷結魔力を支配できる。
《破滅》:ミメーシス
あらゆるものを破壊できる。『破滅』の名を冠するものだけが所持する。
「破滅の理」:あらゆるものを破壊できる。
「破滅招来」:破滅<フィーネ>を召喚できる。
「破滅の理」はあらゆるものを破壊できるというルインたち『破滅』の権能を模したスキルである。
文字通りあらゆるものを破壊できる、それはもちろん迫りくる漆黒の霧を含む。
ルインたちはこのスキルを用いて自分たちの体の周りに安全地帯を作り出す。
どれくらい時間がたったのだろうか、あれからずっと自由落下を続けていたルインたちの前にやっと地面らしきものが見え始める。
そのまま二人は姿勢を調整して地面に着地する。
着地する衝撃によって地面が大きくはへこみ、大地に亀裂が走る。
周りの空気もその衝撃によって大きく振動する。
これほどの衝撃でさえルインたちは無傷のまま立っていた。
それほどまでに魔力で強化された体は強い。
それにいくらこの渓谷が深いだろうがある程度の高度から上はたとえどんなに高度が増えようと落下中に限界速度に達するためあまり意味がない。
この世界にもきちんと空気抵抗は働いています。
降り立って少しもしないうちにルインたちの周囲の闇から数えきれないほどの赤い目が灯る。
先ほどの衝撃が深淵の魔物を呼び寄せる。
「腕試しにはちょうど良い」
押し寄せる魔物を見てもルインたちは少しも戸惑うことなく、戦闘態勢に入る。
この最下層の魔物はどの一体をとっても外の世界では破滅的な災害をもたらすほどに強い。
冒険者ランクがSSランクになって始めた一戦を交えるほどだ。
SSSランクでさえこの数を前にすれば撤退ができるかどうか怪しいところだ。
ルインが火炎魔力で凝縮した結晶を撃ちだす。
しかしこれほどの魔物となるとその効果も薄い。
「ではこれならどうだ」
先ほどと同じようにルインは結晶を撃ちだす。
しかし先ほどの攻撃と違って今度の攻撃にあたった魔物は跡形もなく消え失せる。
エンチャント、限られたものでしか使えない技術である。
スキルの力と魔力を混ぜることによってスキルを具現化することができ、ルインの場合「破壊の理」を具現化して、結晶として撃ちだしている。
こうするメリットはスキルの距離を伸ばすことができるなどがある。
フィーもルインに負けじと空中に氷結魔力の結晶を凝縮して撃ちだす。
しばらくの間、峡谷の中は火炎と氷結という二極端な力が混ざり合うような状態となって爆発があちらこちらで起こる。
程なくするとやっと峡谷内の爆発音が途絶えた。
「しばらくは静かにできそうだ」
「…うん」
まわりが漆黒の霧でおおわれていることは変わらないが、付近から魔物の気配が感じられない。
もしヴァンパイアの皇族がここに封印されているとすれば、その場所の魔力はほかの場所とは比べ物にならないほど密度が高いはず。
そのことを頭にルインたちは魔力を感じつつ深部に進んでいく。
しばらく進んでいるとルインたちの目の前に寂れた古城が映る。
この道中でルインたちは少なくない数の魔物を屠ってきたが、なぜかその古城の周辺だけ魔物の存在が感じられない。
興味をひかれつつもルインたちはその古城に向かって歩み寄る。
古城のエリアに足を踏み入れた瞬間、周りの景色が一転する。
ルインたちの周りの環境は暗い森林に変わり、頭上には深紅の月が赤く視界を照らす。
遠くの崖の上には相変わらず寂れた古城が佇んでいる。
「ほう、これは少し楽しめそうだ」
「…つよい?」
まるで別世界であるかのように変わった周辺の環境に、ルインたちはますます興味を惹かれる。
そして、古城から今まで感じることのなかった強い気配を感じる。
ルインたちは迷わずすぐに古城に向かって歩みだす。
おそらくそこが目的地である。
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