第9話

「……」


 いつの間にかフィーは人当たりの少ない裏通りに入ってしまう。


 あたりは表通りと違って薄暗く、人がいない分かすかに落ち着く。




「おいおい、自分からこんなところに入ってしまうとはな?」


「馬鹿なお嬢ちゃんだぜ」


 フィーが裏通りに入ってすぐ、背後から男二人の声が聞こえる。


 どうやらずっとフィーの後をついてきていたらしい。



「…だれ?」


 フィーは無表情に男たちに声をかける。


「お嬢ちゃんおじさんたちと一緒に行かないかぁ? おいしいもの食べに連れて行くぞぅ」


「そうだぜ。おとなしくついてきたほうが傷つかずに済むぜ」


 男たちはそうつぶやきながら手をフィーのほうに伸ばす。



 それに対してフィーは相変わらず無表情のままその場に立っている。


 しかし、あたりの空気が冷たくなり始める。


 そのことに男たちが気づくはずもなくそのまま手がフィーに触れようとした瞬間…



「…どいて」


 

 瞬間、永訣の氷が裏通りを埋め尽くし、天を貫く。



 男たちは一瞬のうちに命を奪われ、粉雪となって宙を舞う。

 

 先ほどまでの弱々しい目つきとは打って変わって、フィーの目は今までにないほどに冷たく、鋭いものとなっていた。


 周りの温度は一瞬にして絶対零度に到達し、エネルギーを奪われ尽くされた周囲の物体は消滅し始める。


 その範囲はフィーを中心に街へとどんどん広がっていく。


 その動きには表通りの人が気づかないわけもなく、目を奪われる人もいるが、近づいてくる致命的な冷気を感じた瞬間目もくれずに走り去ってしまう。


 



「フィー!」


 一分もしないうちに全速力で駆けつけたルインがフィーを見つける。


「…ルイン!」


 ルインを見かけた瞬間先ほどまでの空気は一瞬で消え去り、フィーはルインの元に駆け寄る。


「…あいたかった」


 やっと会いたかった人に会えて思わずフィーの頬に涙が流れ落ちる。


「ああ」


 ルインもそう思ったのかただ静かにフィーを抱き寄せる。


 この時になってようやく両者の顔に安心した表情が浮かぶ。



「あ~あ、先を越されちゃった~」


「とりあえず無事でよかったわ」


「実にめでたいことだ」


「さがした甲斐があったな」


「クレアも探すの頑張ったよー!」 


「うん」


 駆け付けたゼーレンたちは静かにルインたちのことを後ろから見守る。


 

「道を開けろ! 衛兵だ!」


 見ると槍を持った衛兵たちが列を組んで源初たちのほうに向かっている。



「とりあえずこの場を離れたほうがよさそうかしら」


「てった~い」



 衛兵が来る前に源初たちは急いでその場を離れ、宿に戻る。









「ハデス様、先ほど街の裏通りのほうで突如氷の柱らしきものが現れ、おそらくかなりの実力者によるものだと思われます」


「そうか。明日のトーナメントは街の人をねぎらう面もあるが、才能ある人は王都に連れ帰り、騎士団に加入してもらうつもりだ。明日のトーナメントは決してミスが許されない。一時の警戒も怠るな」


「はっ、かしこまりました」



 そう言うと報告に来ていた衛兵は部屋から出ていく。



 レガリア帝国の八大騎士団は決して仲が良いわけではなく、むしろどの騎士団の実力が上なのかについて互いにせめぎあっている。


 ハデスも第三騎士団の団長としてせっかくこの街に来たということで、できれば有能な人材を騎士団のために持ち帰りたい。







「そういえば明日のトーナメントはどうする〜?」


 源初たちが宿に戻る途中でクーがみんなに声をかける。


「どうしようかしら?」


 正直トーナメントに参加する必要性は低い。


 ほかの人ならハデス様に願いをかなえてもらえるとなれば積極的に参加するだろうが、源初たちに限ってその程度のことではなびかない。


 ハデスができることなら源初たちもできるというわけではない。例えば王に穏便に会おうとしたければ王城を潜入するより普通にハデスに頼んで取り付けてもらったほうがいい。


 ただハデスに頼んでまでしてほしいことがないし、ましてやハデスが企んでいるような騎士団に入隊するなど言語道断。


「まぁ暇ならだれか行けばいいんじゃないかな。俺様は興味ないけど」


「うん」


「われもそのようなものに興味はない」


「…うん」


「余も遠慮しよう」


「えー 誰もいかないのー? じゃあクレアが行くよ!」


「あら、興味でもあるのかしら」


「ううん。どんな感じかなーって思っただけだよー でも少し面白くなるといいなー」


  好奇心旺盛なクレアにとって何が何でもとりあえずやってみたいと思っている。それが結果的に面白くなればなおさら良い。


「そういうことならさっさと応募に向かわねば間に合わぬぞ」


 いろいろなことがあったせいで日が暮れかかっている時間帯となってしまった。


「しゅっぱつ!」


 そういうとクレアはほかの源初の反応も待たずに応募場所に向かって走り去ってしまう。


「はあ、相変わらずせっかちな子だ」


 トヴァがそうこぼすとほかの源初とともにクレアの後を追った。

 

 しばらくした後、源初たちは無事応募場所に到達し応募を済ませた。



 








「おいしそうー!」


 クレアの目の前にはおびただしいほどのおいしそうな料理が並べられている。


 宿に戻った源初たちはそろそろ晩御飯の時間になったので宿のほうで用意してもらった。


「では早速いただくとしよう」


「…うん」


 フィーはルインの膝の上に座って、あーんしてもらいながら食べている。


 二人の間に会話が交わされることこそ少ないがゆっくりと楽しんで食事を進めていく。


「シュティ、僕の膝の上に座ってもいいよ〜、あーんもしてあげようか」


「ばか」


 ちょっと赤くなった。


 シュティはクーの隣に黙って座り食事を始める。

 

「ゼーレン、俺様の膝、あいてるぜ」


 凄まじいこぶしが炸裂する。かなしいな…


「おいしいー! これもおいしいー!」


 クレアはというとトヴァが穏やかな顔をしながら自分を見つめていることを全く気にせず相変わらず目をキラキラとさせながら食事を楽しんでいる。





 食事を終えた源初たちは魔法で体を清潔にした後、パジャマに着替える。


 パジャマももちろんゼーレンが魔力で作ったものでかなり心地よいものになっている。



「これより、戦を始める!」


 レエンが声高々にと宣言する。


 寝るまでの時間は特にやることもないので枕投げをすることにした。


 とはいえ本気で投げればいくら枕といえど宿に風穴を開けかれないので純粋な身体勝負で投げることにした。


 しばらくの間、部屋の中に轟音が響きわたる。


 幸いなことにこの部屋の防音性能はかなりのもので中の音が外に伝わることはない。



「イェイー! クレアの勝ちー!」


 程なくするとクレアは積みあがった枕の山の上に立っており、その下には枕に混ぜてレエンやトヴァが下敷きになっている。


 ほかの源初はとっくに部屋の端っこに避難していた。



「はいはい、そろそろ片付けて寝るわよ」


 枕投げを楽しんだのち時間がいい感じになったので寝ることにした。


 源初たちが取っている部屋は分ける理由がないからということで一つだけだが、八人で住むことを考えて宿で一番広い部屋をとっている。


 ベッドも川の字で寝れば八人ギリギリ眠れる広さなので宿の人に大きい布団を持ってきてもらって寝ることにする。


 

 また今日という一日が終わりを告げた。

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