第8話
人の流れに乗じて源初たちはある建物の前にたどり着く。
「皆のもの、この度はハデス様の歓迎会に来てくれて感謝する。領主のアルク・トレイドだ。先日のスタンピートはハデス様のおかげで無事にやり過ごすことができた。もしハデス様がいなければと考えると今でも背筋が凍る。今日はハデス様を歓迎するとともにスタンピートを退けた皆さんの功労をねぎらうためにわたしの後ろにある領主館を開放し、パーティーを開催することにした。皆が存分に楽しめるように最高の食事も用意している。今日は存分に楽しんでくれ」
領主の話の後に場から盛大な拍手が巻き起こる。中にはハデスと領主の名前を叫ぶ人も少なくない。
「皆さん、わたしからも少し話をしたい」
出てきたのは鎧を身にまとい、剣を腰に引き下げている金髪の男だ。体格はかなりしっかりしていてそこに立っているだけで圧力を感じる。
男、ハデスの言葉に民衆が一度静まる。
「この度のスタンピートを乗り越えられたのは決して私一人の力ではなく、ここにいる皆さんの力なくしてここまで犠牲を抑えることはできなかっただろう。その件について私から感謝を申し上げたい、ありがとう。そして、領主様のご厚意のもと、今日の歓迎会だけでなく、明日よりトーナメントを開催したいと思う。トーナメントの勝者にはわたしができる範囲で一つ願いをかなえることができる。皆さんの活躍を期待している」
ハデスの言葉に民衆が再び盛り上がる。
「詳しい話は領主館で話す。皆のものついてこい」
領主の話とともに周りの人々は一斉に動き出す。
「どうする~?」
「とりあえずこの人の流れから出ようかしら」
一気に動き出した人の流れの勢いはかなりのもので、すこし気を抜くとはぐれてしまう。
「あっ、シュティ」
「フィー!」
「とりあえず外に出るわよ!」
しばらくすると人の流れが元通りになる。が、さっきのことでシュティとフィー、そしてレエンがはぐれてしまった。
「見つかったかしら?」
「冷静に考えるとこれだけ探しているのに見つからないということはおそらくすでに宿に戻っている可能性が高い」
「そうかも。じゃあ宿に戻ろう。ルインもあまり心配するなよ」
「きっとだいじょうぶだよー!」
「ああ」
「あっ、やっと帰ってきたな」
「うん」
宿に戻ったらレエンがシュティとともに待っていた。
「レエン、フィーを見なかったか」
「フィーはまだ見つかっていないのか、俺様は直前にシュティの手を引くのが精いっぱいでフィーは見ていない」
ルインが顔色が一層悪くなる。
「われのせいだ」
「ルイン… 大丈夫だ、皆で探せば見つかるさ」
「うむ、余も手伝うぞ」
「クレアも!」
「うん」
「僕もだ」
「わたしも手伝うわよ」
「ああ、感謝する」
ルインたちは手分けしてフィーを探し始める。
「…ルイン……みんな…どこ?」
先ほどの人の流れのよってみんなとはぐれたフィーは一人建物の角で屈んでうつむいている。その目の端には涙が浮かんでいる。
周りの風景が不安を募らせる。
幼女の外見のせいでここにたどり着くまでに何人かの人に声をかけてもらったが、フィーは何も言わずに走り去ってしまう。
普段から口数が少ないフィーは人とかかわることを拒絶している。
唯一心を開いているのがルインで、ほかの源初でさえ拒絶していないだけで完全に心を開いているわけではない。
昔のことが思い出される。
魔力でみんなに居場所を知らせることも考えたが、目立つことをしたらみんなに迷惑がかかるかもしれないと思うと躊躇してしまう。
「…がんば…らないと……ルインが心配するの……ぃや」
目の端の涙をぬぐい、フィーは再び歩き出す。
「フィー!」
人盛りが行きかう中、ルインは懸命にフィーの名前を呼んでいる。
目の前で行き交う人間が邪魔な存在に見えて仕方ない。
何度も目の前の雑種らを殺しつくしたい考えを抑え込む。
かつて何もかも切り捨ててきたルインにとって、源初たちの存在はルインにとってのすべてだ。その中でもフィーの存在はひときわ頭を抜けている。
「フィー!」
焦りが募る。
フィーの精神は安定していない。刺激を受けやすいがゆえに何が起こるかわからない。
そう思うと今はフィーを一刻も早く見つけなければならない。
次の瞬間、ルインの周囲の温度は急激に上昇を始める。
周りの人々もおかしなことに気付いたのか、足を止めてざわつき始める。
このまま取り返しのつかないことになるかと思われたが次の瞬間周りの温度は元通りに戻った。
「ルイン、落ち着け」
見るとレエンが手でルインの肩を抑えていた。
「…すまない。気が急いていた」
「いや、大丈夫さ。早めにフィーを探そう」
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