上雲楽

寄生獣を読んで

 岩倉は寄生獣を読んでから動物の死体をゴミ箱に入れるのが夢だったが、ちょうど見かけた猫の轢死体が墓を作ってくれと言うので考えあぐねていた。

「いいっちゃいいんですけど、君本当に猫なわけ?内臓とかはみ出てるけど」

「えー、ずっと猫のつもりで生きて生きてきましたもんで猫だと思うんですけど。まあでも親切な人で助かりましたわ。うち浄土真宗なんですよね、墓は欲しいなーって」

 猫の轢死体は国道から三百メートルくらい東の信号機の側にあった。岩倉は持っていたビニール袋に猫を入れた。

「ちょっとー内臓忘れてるんですけどー。どのパーツかわかんないけど成仏に必要な部位かもしれないじゃないですか。あれもちゃんとしてー」

と猫がわめく。岩倉は汚物と一緒に潰れた内臓をアスファルトからそいでビニール袋に入れた。内臓は少し乾燥していて手が汚れて不愉快になった。

 岩倉は汚れた手を洗うために公園に行くことにした。すでに日は暮れかけていて公園に子供たちはいない。岩倉は猫をゴミ箱に入れるところを見せようと思って通行人が来るのを猫のそばでずっと待っていたが、さっさと公園とかに行って捨てればよかったと思った。猫はけっこう重い。岩倉はビニール袋を脇に置いて手を洗う。

「ここに墓作んの?公共の場はまずくない?」と猫。

「あのー大丈夫ですか?それ血ですよね?」

岩倉が振り返ると犬を連れた中年女性が立っていた。犬がビニール袋を漁ろうとすると女がリードを引っ張って制止した。

「いや、猫の墓を作りたいんですけど場所がなくて」

「ちゃんと土葬じゃなくて火葬な」

「え、葬儀もやるんすか」

「もしかして呪われちゃってます?」と女が不安げな顔をした。

「呪いとか非科学的なこと言わないでください。そりゃ、墓とか葬儀だって非科学的かもしれないけどやってほしいってのが人情じゃないですか。混同されると傷つくっていうか」と猫がまくし立てる。

「自分はそういうのどうでもいいです。というか、もう面倒だからさっさと捨てたいだけなんです。でも生ゴミとかをコンビニに捨てていくってのも非常識じゃないですか。マジで困ってたんですよね。あ、あなたに渡してもいいですか。そしたら死んだ猫は猫じゃない。猫の形をした肉だって言うんで」

「嫌ですけど」

犬が執拗にビニール袋の臭いを嗅ごうとするので女はリードを引っ張り続けていた。

「ペット供養とかどうですか?」

女は引っ張るのを諦めて犬を抱きかかえた。

「お金かかるの嫌ですし、捨てられたらなんでもいいですよ」

「生き物を捨てるのは無責任ですよ」

「でも死んでるし」

「しゃべってるじゃないですか」

「そういう死に方なんじゃないですか」

「生きてても死んでてもどっちでもいいけどー、墓は欲しいんですよ。生前葬とかもあるじゃないですか。そんなノリで頼めません?」ビニール袋にハエがたかっている。

「山とか海とか行ったらいいんじゃないですかね」

女は暴れる犬を抑えながら興味なさげに言った。

「山かー、いいね。墓は高いところにあるほどいいと思ってたんだよね。それがいい」

「山も私有地か公有地か国有地だと思うんですけど」

岩倉がげんなりする。

「ばれなきゃいいんじゃないですかね」

というわけで岩倉は近所の山へ向けて車を走らせていた。夜の山道はさすがに車通りが少なく岩倉はスピードを出しすぎていたのかもしれない。だから鈍い衝撃を前方に感じたとき、(ああ、鹿でもはねたかな)と受け止めてさほど焦らなかった。

 岩倉が車から降りると若い男が倒れていた。車のフロントはひしゃげて血痕がついていた。まだローンが残っているのに。

「ちょっと、前方不注意なんですけど」

若い男は頭から血を流しピクリとも動かず言った。

「あのーすみません。急いでたもので……あ、嘘です、急いではないですけど、救急車呼びます?」

「いや、どう見ても死んでるだろ」

と猫が言った。男は確かに関節は変な方に曲がっているし血こそ流しているが内臓は出していなかった。

「すみません、殺しちゃいました?」

「うん」

男がそういうと岩倉は溜息を吐いた。山に人間を捨てるのは猫よりもダメかもしれない。埋める体積が多すぎる。

「なんでこんなところ歩いてたんですか?地元の方?」

岩倉は男の瞳孔にスマホのライトを当てながら聞いてみる。

「いや、ちょっと自殺しようと思ってね。でも痛いのも苦しいのも嫌だからやめようと思って、あわよくば車にひかれないかなーって歩いてまして」

「超迷惑なんですけど」

「こっちも痛かったのでお互い様ってことで」

男の瞳孔はまったく動かなかった。

「そこの兄ちゃん、今から自分は埋められに行くんだけどさあ、一緒の墓に入るのはどう?」

「え?プロポーズ?」

「アホか。ここで会ったのも何かの縁というか死体同志のよしみというかあるじゃん。一匹で灰になるのは寂しいと思ってたんよ。岩倉もいいでしょ。一匹に一人増えたくらい誤差だって」

「猫一匹でもオーバーワークですけど……」

岩倉はひとまず男をひきずって助手席に乗せようと思ったが助手席には猫を置きっぱなしだったので後部座席に入れた。岩倉はまた車を走らせた。一匹と一人を埋められる場所。もう適当でいいやと岩倉は思った。墓っぽいのだけ作ってやって、あとで私有地に埋めるなとか怒られたらその時はその時でいいや。岩倉は猫たちにすっかり飽きていた。なぜなら寄生獣のセリフを言う相手が山中にはいない。その時、岩倉はスコップさえもっていないことに気が付いた。

「どーすんの岩倉。自分だけならともかく若いの……」

「遠藤でーす」

「遠藤は手掘りじゃ無理でしょ」

「そっすね。じゃあ明日ホームセンターでも行きますよ。もう帰ります」

「そんな無責任な」

岩倉はちまちまと車体を動かしてUターンすると街中に帰って行った。

「これじゃあ自分を殺すために山入ったみたいなもんじゃん」

と遠藤が文句を言った。

 家に帰って二つの死体をとりあえず玄関に運ぶと岩倉はシャワーを浴びて寄生獣を読み返した。しまった、劇中で捨てたのはイヌだった。猫じゃない。

「岩倉、そのために犬殺したりするのはだめよ」

と猫が先回って釘を刺したので岩倉はカチンとした。

 次の昼、岩倉は警官二人の死体をどうするか考えていた。

「出頭なさい。今ならまだ間に合う」

と警官A。

「君ねー、人の命を大事にしない人は自分も大事にできないよ」

と警官B。

「そりゃ、血まみれの車でふらふらしたら警官くらいくるだろ。殺しちゃってアホだなー」

と猫がケタケタ笑う。

「あのー墓だけ作ったら出頭するんですけど、猫ってどこ埋めたらいいんですかね」

岩倉が警官に尋ねる。

「君、優先順位間違ってない?猫なんかどうでもいいでしょ」

「どうでもいいとはなんだ。大事な問題ですけど。岩倉、逃げるんだよ。お前が逮捕されたら墓が作れない。だってお前死刑だもん。絶対」

「やっぱそうだよね。遠藤はどうする?」

「僕はべつに墓とかどうでもいいです。無神論者なんで」

 岩倉は警官二人が呼び止めるのを無視して冷蔵庫から猫の死体を取り出してクーラーボックスに保冷剤と一緒に入れると家を出た。車は目立つから電車で行くことにした。最寄りの地下鉄に乗り込む。

 「それで?どこに行くつもり?」

猫があくび混じりに聞いた気がした。

「さあ、どうせ帰ることもできないんだしゆっくり考えるよ」

こういう時に海や山に行くと逃亡者っぽくてエモい気がしたので岩倉は行きたくなかった。かといって街中に猫を埋める場所なんてない。せっかくだから「君は完全に包囲されている。逃げ場はないぞ」と言われてみたいと岩倉は思った。いつの間にか電車のアナウンスが出発したはずの駅に到着したことを告げた。そうだ、環状線だった。

「おい、せめて墓の場所考えるふりしろよ」

と猫が言った。

それからしばらくして岩倉の無期懲役が確定した。

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上雲楽 @dasvir

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