第14話
どれくらい、そこで待っていただろう。
いくら時間が経っても、一向にザイードが酒場から出て来る様子がない。
屋台から漂ってくる香ばしい臭いに誘われ、ユウの空いたおなかが悲鳴をあげそうになった。
思わず、深く溜め息を吐く。
神殿では、野菜か果物しか口にしない生活だった。勿論、神に仕えるユウ達が、動物を殺生して獲た食べ物を口にしたいと思う事自体が間違いだ。
しかし、初めて目にする物は全て新鮮で、彼女の心を刺激する。必死に我慢していても、どうしても目がそちらに移動してしまうのだ。
中でも、汁が滴り落ちる串焼きは、見ているだけで好奇心が湧き上がってくる。
店の前にぶら下がっている、毛をむしられた鳥や小動物の姿は、その酷さに目を逸らしてしまったが、調理した物はそれが何であったのか形跡が全くない。
ユウも、まさか同じ物とは考えもせず、ただその不思議な臭いにだけにそそられていた。
巫女姫がそのような事では、神に申し訳ない。
ユウは空腹の辛さに耐え、そちらを見ないよう努力した。
しかしついに誘惑に負け、思わずふらりとそちらに足を踏み出しかけた時、やっとザイードが店から姿を現した。
ユウは、慌てて元の場所に戻り、恥ずかしさに赤面する。
が、彼は何も見ていなかったようで、咎めるような言葉は一つも言わなかった。
「お待たせしてすみません。酒場で、偶然知人に出会いました。一晩だけなら、我々を泊めてくれるそうです。但し、一部屋。狭いので窮屈な思いをするかもしれませんが、お許し下さい」
そう言ったザイードの後方に、街に入るまで別行動を取っていた他の神官達もそっと出て来る様子が見えた。
何気なくを装って、ザイードから少し離れた所で立ち話をしている。
ユウは、元気そうな彼らの姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
と、扉から出て来た見知らぬ男が、不意にこちらへと近づいて来た。
歳の頃は三十前後で、随分恰幅のいい男だ。その男は鋭い目で神官達を見回し、それから無言で顎を杓った。
「彼が、案内してくれます」
歩き出した男に続きながら、ザイードが一度振り返って皆に言う。一同は顔を見合せたあと、慌ててその後を追った。
彼に案内された所は、街外れにある大きな屋敷だった。
高い塀に囲まれ、正面には大きな門が聳えている。しかし男は、門の方へは向かわず、ぐるりと回って狭い裏戸の方へ彼らを導いた。
「避難用の戸だ。こちらの方が目立たない」
男は、ぼそりと呟くように言って、木戸にかかった鍵を開けた。
木戸を潜ると、そこは裏庭だった。鬱蒼と木が伸びていて、確かに目立たない。
ユウ達は、男に導かれるまま裏庭を横切り、その奥にある古びた土蔵まで連れて来られた。
「明日、俺が来るまで外には出るな。俺以外の者に見つかったら、それで終わりだと思え」
やはりぶっきらぼうに言って、男は土蔵の鍵をザイードの手に押しつけた。
「助かります」
ザイードは、頭を下げてその鍵を受け取る。
それを見て、ユウも慌てて頭を下げた。
「本当に、有り難うございました」
守人の代わりにと、ユウも感謝の言葉を述べる。
彼の目が、僅かに細められる。睨まれたのかと思ったが、それは笑みだったのだと彼が去ってから気付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます