第12話
無事に関所を越え、リドマラ地区に入ったユウ達は、成るべく目立たないよう、旅人の多い町を選んで進んでいた。
只でさえ人数が多いのだ。下手に動くとすぐ役人の目に止まる。
おまけに、ザイードは兵士を殺してしまった。ユウ達はラクレス信者としてだけではなく、犯罪者として追われかねない状態だ。
神経をすり減らす恐怖と罪悪感と疲労の中、ユウは俯いたまま黙々と歩き続けるだけだった。
ザイードは、大人数だと目立つからという理由で、神官達を三組に別けて行動させていた。
ガホーニ神官長とベブリドとレイ。フィダとザエルとサルア。そしてザイードとエルドとユウとパティオだ。
三組は、サバラという町の酒場で合流する事になっている。
「ルイライラ山の麓まで、後三日はかかります。少し、休む必要があるでしょう。ここには、昔私が世話になった方の屋敷があります。もしかしたら、部屋を提供して下さるかもしれません。・・・が、駄目なら野宿になります。その時は、どうか我慢して下さい」
ラマルの町へ向かう広い街道を歩きながら、ザイードは、前方に顔を向けたままで言った。
彼女達は、僅かな休息の時間を除いて、もう何日も歩き通しだ。軽い食事と仮眠、そしてまたひたすら歩くだけ。
正直言ってユウは、かなり疲れていた。足も棒のようで、何処まで持ち堪えられるか甚だ心許ない。
憂鬱な気分は、ここで捕まってしまった方が良いのでは、と彼女に絶望的な考えを吹き込んで来る。
目を閉じると、あの光景が浮かんで来た。
ザイードが、兵士達を殺していく姿。
思い出す度、背筋に冷たい悪寒が走る。血がさっと引いて、貧血を起こしそうになるのだ。
ザイードは、少し気難しい所はあるが、何時も穏やかで優しかった。時には厳しくなったりもしたが、ユウは彼を師として尊敬していた。
彼が言う事は何時も正しいし、常にユウの過ちを正してくれていた人だ。
彼の美しい顔に似合う、美しい心を持つ人だと信じていた。
・・・・それなのに。
————多分、ザイードは正しいのだろう。
彼が、間違った事をする筈がない。
何度も何度も、自分の胸に言い聞かせる。
でもユウには、何故兵を殺さねばならなかったのか理解出来なかった。そして、そういう行為をしてしまった彼に対し、密かな恐怖と悲しい思いが込み上げてくるのだ。
「あの、ユウ様・・・・・」
不意に、パティオが遠慮がちに声をかけてきた。
ユウは、彼女から話し掛けて来た事を少し意外に思いながら、彼女の方へ顔を向ける。
被っていた帽子をずらし、鍔の先でパティオを捕らえた。
「どうしましたか?」
彼女がそう言うと、パティオはさっと顔を背け、地面に視線を落とした。
やはりユウと同じように、パティオも旅人の帽子を被っている。目線の先には、先程までパティオの顔があったのに、今は少し痛んだ帽子のてっぺんだけが見えていた。
彼女は、こんな状況でも、直視してはいけない掟だけは頑に守っている。
たまにうっかり見てしまう時もあるが、殆どは視線を逸らすよう努力しているようだった。
「話があるのではないですか?」
溜め息を吐きつつ、ユウはパティオの言葉を促す。
パティオは恐れ多いというように一度首を竦めたが、ユウがじっと見つめているのを感じたのか、躊躇いがちに口を開いた。
「ザイード様の事です」
ちらりと前方を歩く彼の頭に視線を流してから、パティオは視線をまた地面に戻した。
ザイードはエルドと共に、二人より少し先を歩いている。皆と同じように鍔広の帽子を被り、その中に髪を押し込んでいた。
エルドが、その横にぴったりと引っついていた。
若き神官は、すっかりザイードに魅了されてしまったようだ。
彼を崇拝している様子が、誰よりも良く見て取れた。
「ユウ様、私はザイード様が恐ろしくてなりません。何か、とんでもない事が起こりそうな気がします」
パティオの言葉に、ユウは表情を曇らせる。それから、彼に話が聞こえないよう、僅かに歩調を緩めた。
パティオがそう思うのも、当然かもしれない。
今のザイードは、確かに不可解な所があった。
けれどユウは、それだけでザイードを疑う気にはなれなかった。
ザイードは、一生懸命してくれている。何も出来ない彼女達の為、一人で苦労を背負い込んでいるのだ。
みなの食事を手に入れるだけでも、大変な事だろう。なんせ、彼女達は無一文なのだから・・・・・。
「あの方は、賢く思慮深い方なので、色々なお考えがあるのでしょう。私は、子供の頃からあの方の事を良く知っています。みなを守る為、必死なのです」
ユウはそう言って、尊敬する師の後ろ姿を見つめた。
しかし、パティオの方はそれだけでは納得出来ないようだった。
「・・・・そうでしょうか?」
と、不安気に首を傾げる。
「大丈夫です。ザイード様に任せていれば、きっといいようにして下さいます」
自分に言い聞かせるように、ユウは小さく呟いた。
あのザイードが、人をあやめて平気な筈がない。
きっと、心の底では胸を痛めているのだろう。
彼はたった一人で、罪を背負っておられるのだ。
そう思うと、ユウの胸は熱くなった。少しでもあの方の役に立ちたいと、心の底から思った。
ユウは、ザイードという人を良く知っている。
たとえ今は恐ろしく見えても、神殿に居た頃の彼が本当の彼だと信じて疑っていなかった。
そうこうしているうちに、四人はラマルの町に到着した。
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