第11話

 関所の前には、二本のかがり火があった。見張りは二人、ぼんやりであったが、彼らの顔が見て取れる。


 何方とも若い。軍人用の厚い戦闘用長服の上に、青銅の胸当てという恰好。手には、長い槍を携えていた。

 関所の近くの小屋では、ランプの明かりに照らされて、数人の男達の影が窓に映し出されている。


 ザイードが、ゆっくりとした足取りで彼らの方へ近づいていくと、すぐさま兵士は槍を突き出し、彼の行く手に立ちふさがった。

 それから、何やら揉め始める。


 ベブリドの合図で、兵士がザイードに気を取られている隙に、ユウ達は距離を少しずつ詰めていった。

 気付かれそうになる度に、慌てて地面に伏せる。そうして、ようやく明かりの届く範囲まで近づいた時、いきなりザイードが兵士の顔面に強烈な拳を叩き込んだ。


 それを合図に、エルドとフィダが地面を蹴って飛び出す。

 驚いた兵士達の顔や胴を、彼らの拳が強かに殴りつける。

 戦う神官達の姿を見て、ユウは急に怖くなった。剣を持ったまま、がたがた震える。


 ラクレスの天罰が下るのでは・・・という思いと、自分が剣を振って倒すという行為に対しての脅え、それにひょっとすると逆に殺されるのではないかという恐怖だ。


 前に進もうにも、足が竦んで動けなかった。

 兵士は、一瞬のうちにエルドとフィダに倒され、その場で昏倒してしまった。ザイードが、手振りでこちらに来いと合図する。


 余りに静かで素早い行動に、まだ小屋の中の兵士は気付いていないらしい。

 ユウは、どうにか気力を振り絞って、他の神官達と共になんとかそこまで走った。


 ザイードが、守人とパティオを呼んで、門の前に立たせる。そして、くるりと一度体を回して反動をつけ、ブーツの踵で門の木鍵を蹴り割った。


 ばきっ。大きな音と共に鍵は吹っ飛び、門が拳程の大きさに開く。彼は素早くそこに手を入れ、一気にその門を引いた。

 「さあ、早く!」

 レイ、パティオ、神官長、サルアの順に関所を抜ける。


 が、兵士達がこの騒ぎに気付かぬ訳がない。ベブリドが関所の横を通り過ぎた直後、勢い良く扉が開いて、中から五、六人の兵士が飛び出して来た。


 「何者だ!」

 「野盗か!?」

 「神殿からの逃亡者かもしれん!」

 男達は、手に手に剣を持ち、口々にそう言った。


 誰もが皆、神官達より遙かに屈強な体格をしている。ユウはその迫力にまた脅え、剣を構えたまま一歩後ろへ退いた。


 「あっちにも逃げたぞ、追え!」

 「いや、先ずこっちだ!」

 レイ達を追い掛けようとした二人が、こちらの人数を見て戻って来る。


 「顔は見た、こっちを片付けたら、リドマラの公安に連絡しよう」

 ジャキッ。一斉に、兵士達の剣が鳴った。

 同じ数とは言え、相手は戦い慣れた兵士。おまけに、剣を携えている。


 こちらは、昨日まで神殿で暮らしていた神官。ユウには、到底敵わないような気がした


 「後で尋問するから、殺すなよ」

 「分かっている、娘の方は・・・だろ?」

 よからぬ事を考えているのか、男達はにやにや笑い合った。

 そして、一人がこちらの方に飛び掛かって来る。


 ユウは慌てて、自分の剣で相手の剣を防ぎながら、数歩後ろに下がった。

 それを機にして、一斉に乱闘が始まる。


 最初は、勝てる気がせずに不安だったが、神官達は予想以上に強かった。腕を掴んだだけで投げ飛ばし、軽く拳を突いただけで膝を折らせる。


 敏捷な動きで敵の剣を避け、相手の懐にも易々ともぐり込んでしまうのだ。


 急所を狙うという神官達の習った拳闘術は、考えていたよりずっと実戦向きだった。そして気がつくと、兵士はユウを襲おうとしていた男だけになっていた。


 「・・・何だ?」

 男は、まるでからかうように振り回していた剣を止め、急に静かになった周囲を怪訝そうに振り返る。瞬間、彼はぐっとうめき声を上げて前に倒れていった。


 倒れた男に代わって、ザイードの姿が現れる。彼は軽く礼をすると、少し表情を厳しくしてユウを見た。


 「何故、戦わないのですか?これくらいの腕なら、あなたにも充分倒せた筈」

 「すみません・・・」

 ユウは、消え入りそうな声で言い、その場にすとんと座り込んだ。


 余りの恐怖に、足の力が抜けたのだ。大切な大地の剣も、ぽろりと手から滑り落ちて地面に転がった。

 「何方か、巫女姫様をお助けして下さい。やはり巫女姫様には、戦など無理だったようです」


 ザイードは、深い溜め息を吐いて言った。

 震えながらもユウは、ふと剣の稽古をしていた時を思い出した。何かミスをする度に、ザイードはそういう態度を取ったものだった。


 誰もがユウに気を使い、彼女を不愉快にさせないよう注意している。けれどザイードだけは、ユウがした事が気に入らない時、酷く冷淡な態度になる事があった。


 普段が優しいだけに、彼のそうした態度は余計に胸に堪える。

 ユウは、彼に嫌われる事を恐れ、次にはもっと一生懸命頑張ると口にするのだ。だから怒らないでと・・・・・。


 それだけではない、ザイードはユウが上手く出来た時、控えめだが褒めてくれる時もあった。ユウにとって、その言葉は特別だった。彼だけが、誰からも得られないような満足感を与えてくれる。


 だからやはり今も、ユウはどうしようもなく不安な気持ちに苛まれた。

 ザイードは、怒っているのではないだろうか?自分が脅えて何も出来なかったので、呆れているのかもしれない。


 ユウは努力してどうにか一人で立ち上がりながら、ちらりとザイードに視線を向けた。

 けれど彼は、これといった表情は見せず、ただ黙って倒れている男の姿を見ていた。

 驚いたのは、それからだ。


 彼は突然身をかがめると、いきなり倒れていた兵士の手から剣を奪った。そしてあろう事か、ユウ達の目の前で、その剣を兵士の胸に突き立てたのだ。


 あっと声を上げ、ユウは思わず目を背けた。

 まさかザイードが、兵士を殺すなど考えてもいなかった。その恐ろしい行為に、ユウは一瞬気が遠くなった。その場に再びしゃがみ込み、吐き気がして口を抑える。


 「ザイード様、何という事をなさるのですか!」

 彼の行為に憤慨し、エルドが乱暴に彼の手を掴んだ。

 それを、彼はバシッと撥ね除ける。


 「エルド殿、貴殿はこの者達の言葉をお聞きになりませんでしたか?顔は見た、公安に連絡すると言っていたではありませんか。そんな事をされれば、我々はすぐに捕まってしまうでしょう」

 「しかし・・・・」

 ザイードの言葉に、神官達は複雑な表情になった。


 公安部は、カライマの法律に従って秩序を守る組織である。軍部とは違う組織ではあるが、繋がりは密接であり、下手をすると軍部よりも厄介な存在であった。

 確かに、公安に連絡されたら、すぐに彼らの特徴はカライマ全土へと伝わる事になろう。


 ・・・・しかし、だからといって殺してしまう事は、正しい事だとは思えない。


 そんな表情の神官達を見回し、ザイードは溜め息を一つ吐いた。

「全ては、守人様をお助けする為です。皆様が嫌だと申されるのなら、穢れは私一人で受けるとしましょう」


 言いながら、彼は次々と昏倒する兵士の息の根を止めていった。そして、血に濡れた剣を兵士の服で無造作に拭い、鞘に収めて自分の腰に差した。

 「武具が欲しい者は、ここで揃えるがいいでしょう」


 ザイードはいとも簡単に言ったが、流石にそれを真似する者は誰もいなかった。

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