第8話

 ほどなくして一行は、クッカとリドマラの街を結ぶ関所の付近まで辿り着いた。


 関所の前には、数人の兵士が屯している。まだ、ユウ達が神殿から逃げた事は、ここまで伝わってはいないようだった。


 もし伝わっていたら、もっと警戒が厳しくなっている筈だ。

 ユウ達は、取り敢えず近くの岩影に身を隠す事にした。


 「このまま、無事に関所を越えられるでしょうか?」

 身を寄せあって縮こまりながら、神官の一人、フィダが憂鬱そうに口を開いた。


 まだ若い、二十代前半の神官だ。

 全体的に丸みを帯びた体付きで、実に人のよさそうな風貌をしている。


 フィダもそうだが、ザイードを除く全ての神官は、カライマ人特有の褐色の肌と艶やかな黒髪を持っていた。神官の象徴であるその長い髪は、束ねて帽子の中に押し込まれている。


 「神殿は、丈夫な造りです。しばらくは、どうにか持ち堪えてくれるでしょう。もし落ちたとしても、ティマ様が守人様を装っている間は、相手も我々が逃げた事に気付かぬ筈。関所の警戒が緩むと思われる深夜、全力で強行突破致しましょう」

 答えたのは、ザイードだった。

 彼の言葉に、神官達が躊躇いを見せる。


 「強行突破とは、乱暴を働くという事ですか?」

 気難し気に言ったのは、神官長の次に歳を取っているベブリド。

 彼はもう五十歳だと言うのに、その割にはがっしりとした若々しい体を持っていた。

 細い目に、年輪と堅固な意志が覗いている。


 「神に身を捧げた我等が、乱暴を働くなど・・・。私には、致し兼ねます」

 ザエルが、横から口を挟んで言った。


 彼はここにいる神官の中で、一番小柄だ。角張った顔に、強い気性が現れている。恐らく、歳は三十四、五くらいではないだろうか。


 「この場合、致し方ないのではないでしょうか」

 こちらは、神官の中で一番若いサルア。

 彼は、まだ十九歳くらいか。長身でやや痩せ気味、朗らかな性格と爽やかな雰囲気を持った青年だ。


 「ではサルア殿は、仕方ない事なら、人を傷付けても構わないとおっしゃるのですか?」

 厳めしい表情で、ザエル。


 「そういう訳ではありません。しかし、そう言っていては、何時までもここから離れる事は出来なくなるでしょう」

 彼の言葉に、サルアは向きになって反論した。


 しかし、ザエルも負けてはいない。きっと表情をきつくして、彼に言い返した。

 「もし人を傷付ければ、我々は汚れます。それならば、いっそここで果てた方が・・」

 「守人様はどうなさるのですか?我々は、ティマ様から守人様の事を護るよう、言い渡されているのですよ」

 「そうです。何が何でも、守人様だけは守らねば・・・・・」


 若い神官エルドも、躊躇いがちに口を挟む。

 彼は、二十歳過ぎくらいだ。大柄で逞しい体付きだが、表情は温和で優しそうである。


 対立は、専ら若い神官と年寄りの神官とに分かれて続いた。

 若い神官はザイード寄りであり、年寄りの神官がそれに異を唱える。

 何方も一歩も引かず、このままでは本当にここから動く事が出来ない。


 その時、ガホーニ神官長が厳かにこう告げた。

 「守人様に、お尋ね致しましょう。我々は、守人様の仰せに従うのが一番だと思いますが、どうでしょう?」

 一同の視線が、さっと守人に流れる。誰もが、その方を直視してはならない決まりを忘れているようだった。


 沈黙が落ちる。

 が、レイはただ俯いているだけだった。


 「———守人様、皆があなた様のお言葉をお待ちしております」

 何時までも黙ったままの守人に、ザイードが皆の気持ちを後押しして告げる。


 ユウをはじめ、神官達は息を詰めて彼の言葉を待った。


 ・・・が。


 「止めてくれ!」

 突然、レイは大声を出した。

 決してそのような態度を取ってはならない者が、声を荒らげて叫んだのだ。

 みなは、ぎょっとして守人を見つめた。


 「止めてくれ、私は父上様ではないのだ。私は・・・・、私はどうしていいのか分からない。私には、神の声など聞こえない。だから、私に尋ねるのは止めてくれ!」

 これが、人々の中で神の如く讃えられ、奉られて来た人の言葉だった。

 一同は、茫然としてしばらく言葉が出なかった。

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