第6話

 ユウ達が聖堂に着いた時、そこには多くの神官や巫女達が集まっていた。

 神官達だけではなく、レイの姿まであった。彼は祭壇の近くに立って、ティマと何やら話をしている。


 緊急時という事もあってか、ティマはレイに向かって熱心に語りかけていた。逆にレイは、沈鬱な表情でそれをただ聞いているだけのようだった。ティマは突然顔を上げると、周囲にいる神官達に向かって叫んだ。


 「よいか、我々はなんとしても守人様をお守りせねばならない。ザイード、エルド、サルア、ザエル、フィダ、ベブリド、そしてガホーニ神官長は、守人様と巫女姫を守り、この神殿から逃れるのだ。私を初め、他の神官達はここに残って道を塞ぐ。巫女達は、巫女長に従ってなるべく見つからぬ所に身を隠し、兵が去るまで決して表に出てはならぬ。よいな」

 ティマの指示に対し、神官や巫女達は静かな礼で答えた。

 誰一人、異論を唱える者はいない。


 「ザイード、頼んだぞ。神殿の外には、地下の通路を通って出るがよい。無事クッカを出る事が出来れば、そのままルイライラ山に向かうのだ。山道は険しいが、追手を振り切れるかもしれない」

 ザイードは、伏したまま礼で答えた。


 「さあ、ユウも早く巫女服を脱ぎなさい。そのままでは、すぐ兵に見つかってしまうだろう」

 あれこれと忙しそうだったティマが、現れたユウに気付いて言った。

 言われてみると、守人を始め、神殿を出る者は皆平服を着ている。


 ユウは、何が何だか分からなくて、戸惑いながら周囲を見回していた。が、ふと町が燃えていた事と何か関係があるのだと気付いた。神殿を出るという事は、余程の緊急事態だ。

 兵が、神殿を破壊しに来たのかもしれない。

 思わず、パティオを振り返る。彼女を残して行くなんて、ユウには出来なかったのだ。

 パティオは顔を伏せていたが、きゅっと口を結んで恐怖に耐えているようだった。その姿が、ユウの心を打つ。


 何故にこんなに強くいられるのか、全く不思議でならなかった。

 この少女が側にいてくれたら、どれほど心強いだろう。少なくとも、取り乱すという無様な姿を見せなくて済むかもしれない。

 同じ歳の少女に、庇護を求める自分を情け無く思いながらも、ユウは兄に向かって小さな声で言った。


 「・・・・兄様、巫女が私一人では不安です。どうぞ、パティオを一緒に連れて行く事をお許し下さい」

 話しを聞いたパティオが、驚いて顔を上げる。

 ユウと視線が合い、彼女は慌てて目を逸らせた。

 「しかし・・・・」

 ティマは、妹の我が儘に渋い顔を作る。が、ユウは、尚も兄に向かって言った。


 「お願いします。パティオが一緒でなければ、私は神殿を出ません」

 「・・・・分かった、連れて行くがいい。悪いが、旅の服をもう一着用意してくれ」

 溜め息を吐きながら、ティマは後ろの神官に告げた。

 神官は、頷くと素早く旅人の服を取りに行った。

 ほどなくして、ユウ達は巫女達の影に隠れて着替えを済ませた。


 カライマでは、麻の長服が一般的である。袖は七分、着脱のしやすいよう襟中央から胸の下まで開いて、ボタンで止めるような形だ。腰には鹿の革のベルト、同じく鹿の革で作った膝までのブーツを履き、草色のマントと鍔の広い帽子。

 これが、旅人の服装だった。

 先程ティマに名を呼ばれた者は、全てこれと同じ服を着ている。


 「さあ、行きなさい」

 ティマが、毅然とした態度で告げた。

 ユウは慌ただしい様子の中、共に行く神官達に促されて聖堂の奥へと進んだ。

 しかし、不意に足を止め、思わず後ろを振り返る。


 「兄さま、兄さまはどうなさるのですか?それに、他の方々は?」

 「案ずるな。全ては、神の御心のまま」

 ティマは、そう言って優しく笑った。

 「ユウ様、行きましょう」

 ザイードが彼女の側に来て、静かに告げる。

 息を吹きかけないよう、顔を逸らしてはいるが、ユウには彼の寂しげな瞳を見る事が出来た。


 その目が、これ以上何も言ってはいけないと、彼女に教えているよう。

 「兄さま、どうぞ、天と地の御加護が御身にありますように」

 ユウは、震える声でようやくそれだけ述べた。

 「天と地の御加護が、全ての者にありますように」

 ティマも答え、額に星字を切る。


 「————さあ、ユウ様」

 今度はパティオに促され、ユウは仕方無くティマに背を向けた。

 ざっ。まるで波の如く、神官達は一本の道筋を作って進む方向を示す。

 跪いた彼らの口から、美しい聖歌が流れた。

 それは、大地の歌。神への感謝の意と、人の繁栄を願う、祝福の詩。


 ユウは、その澄んだ歌声を聞いているうちに、思わず涙を流してしまった。

 ここに残る者の身を考え、胸がきりきりと痛む。

 多分、多くの者が命を失うだろう。たとえ生き残ったとしても、そこには更なる苦痛があるかもしれない。

 この、忠実なる神の子らが、何故そんな苦しみを受けねばならないのか?

 大好きなティマとも、もう二度と会えないかもしれないのだ。


 聖歌は、何時までも続く。ユウ達はそれを聞きながら、ただ黙って前へと進む事しか出来なかった。

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