本編・紋章のカニは、餅つきの模様を描くか?【後編】



「ふぃー。イザホ、いったん休憩しよっか」


 麺棒を内釜に立てかけ、マウが一息つく。

 休憩が終わったら、マウに役割を交代しようか聞いてみようかな。




「……」




 ふと、マウがキッチンの窓を見つめていたので、ワタシも見てみる。


 窓の向こうでは、視線を動かさずじーっとこちらを見てくるコヅキさんの姿があった。


「コヅキさん、食べたいの?」

「いやぁ……食べたいけどぅ……そうじゃなくて……食べたいけどぅ……」


 マウに話しかけられ、ハサミでもじもじし始めたコヅキさん……なんだか、顔を真っ赤にしているみたい。


「もしかして、餅つきしたいの?」

「……うん」


 ゆっくりとうなずくコヅキさんに、「だったら一緒にやろうよ!」とマウが誘う。


「……ごめぇん。センセェには危険だからキッチンに入るなって、言われてるからぁ……」


 しょんぼりと、コヅキさんはうなだれてしまった。


「だったら、そっちのテーブルに……あ」


 マウは名案が思い浮かんだようにアトリエのテーブルを指したけど、木材だらけのアトリエを見て、腕を下ろしちゃった。


 さすがにあそこで餅つきをすると……木材が餅に入ってしまいそう……

 諦めるしかないかな……










 それから、マウとの餅つきを再開して……


 餅米から米の面影がなくなって、本物の餅のようになった!




 用意したお皿に、千切ったお持ちを乗せ、味付け用のきな粉を振りかけたら……




「お餅の、完成だー!!」









 ワタシとマウはお皿を持ってアトリエに向かう。

 木片だらけだし、最初はキッチンで食べようと思ってたけど……


「……え? いいのぅ?」


 ワタシは作業台の上に立つコヅキさんの側に、餅を乗せたお皿を置いた。


「だってさっき、食べたいって言ってたじゃん。それに、依頼主からはコヅキさんの分のご飯も作るようにって言われているし」


 立った状態のままマウは喉に埋め込んだ紋章でしゃべりながら、専用の小さなお皿にのったお餅をつまみ、口に入れた。


「ううーん!! おいしー!」

「……」


 コヅキさんがハサミで餅をつまんだのを見届けて、ワタシも餅を口に入れる。

 死体であるワタシや木彫りのカニであるコヅキさんは生き物ではないけど……紋章が消えないように魔力を維持するために、食事は必要だ。




「!!! ……う、うまああああああああぁいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」




 !!?




「わあ、びっくりした……ん? イザホ、どうしたの?」




 ……先に一粒目を食べ終えていたマウがワタシを見てきたので、とりあえず喉に指を当てよう。




「……もしかして、喉にひっかかっちゃった?」




 ワタシに息は必要ないから大丈夫なんだけど、マウなど生き物だったら命に関わるところだった。










 マウとコヅキさんに背中をたたいてもらって、なんとか餅をはき出せたワタシは、吐き出した餅を処分してから2個目を口にする。

 今度は喉に詰まらせず、餅の味を堪能することができた。餅の弾力と、きなこのちょっとした粉の食感が気持ちいい。


「……ねぇ、イザホ……ちゃん?」


 コヅキさんに話しかけられて、今度はちゃんとかみ砕いたのちに餅を喉に通し、振り返る。

 そういえば、コヅキさんから名前で呼んでもらえるのは始めてかも……


「イザホちゃんってぇ……アタチと同じ、紋章で作られんだよねぇ?」


 コヅキさんの問いに、ワタシはうなずく。

 ワタシには……元になった死体の……誰のものも引き継いでいない。




「それなら、イザホちゃんの……アタチで言う、センセェみたいな人、いるのぅ?」




 ……コヅキさんで言う、先生……

 それはきっと……ワタシを作った存在……


 お母さまのことかな。




 ふとマウが、話してもいいのかたずねるようにワタシを見つめていることに気づいた。

 言ってもだいじょうぶだよ。

 その意味をこめて、うなずく。


「……いたよ、イザホを作ったお母さんが。もうこの世にはいないけどね……」




 ワタシの体は、複数の死体をつなぎ合わせて作られたもの。

 その死体は、みんな10年前に発生した殺人事件で殺された人々のもの。


 ワタシの左腕の持ち主である少女……その母親が、他の死体を引き取りつなぎ合わせ、紋章を埋め込み……ワタシが作られた。


 死んだひとり娘の、生まれ変わりとして……


 そのお母さまは、先月、病死した。




「それじゃぁ……そのお母さんがいなくなった後は、ひとりで生きてるってことぅ……?」

「ボクを忘れてもらうと困るんだけどなあ、コヅキさん」


 コヅキさんはぼんやりとたずねたけど、マウに指摘されて声の紋章をハサミで隠した。




 お母さまが死ぬ前に余命宣告を受けていたから、いずれお母さまが死ぬことを理解したワタシは……マウとともに自立をすることを決意した。

 今年の夏に、鳥羽差市で私立探偵を営んでいるお母さまの親戚に面倒を見てもらって、ともに探偵として活動を始めた。


 そして……請け負ったとある依頼から、10年前の事件によって人生を変えられた人たちと出会って……


 時に助けてもらって……


 時に殺されそうになって……


 お母さまと暮らしていた時には見いだせなかった、ワタシ自身という存在が……いろんな人や出来事が紋章のように記憶に刻まれたことで、作られたんだ。




「そっかぁ……やっぱり、苦労するんだねぇ。作られた親から離れるのってぇ……」


 マウから話を聞いたコヅキさんは、窓の外へと視線を向けた。


「……センセェ、言ってたんだぁ。アタチって、センセェのお手伝いするために作られたんだけど……本当は木彫りのウサギとして作られる予定だったってぇ。センセェ、お月見が好きだからぁ」


 コヅキさんの話に、ウサギのマウはまばたきを繰り返した。。


「でも、友達から……外国の満月の話を聞いたら、もうカニにしか見えなくなったんだってぇ。ちょうどセンセェ、木彫りのウサギを作るのに苦戦してたからぁ」

「……あ、そっか!」


 ワタシはよくわからなかったけど、突然マウが手をたたいた。


「イザホ、あの満月……ウサギに見えるでしょ?」


 たしかに。お母さまのお屋敷で見ていた時から、満月にはウサギが見えることは知っている。


「でもね、日本にはウサギに見えるけど……南ヨーロッパに住んでいる人から見るとカニに見えるんだって」


 ……あまりピンとこなくて首をかしげていると、マウが満月の本をワタシに差し出してくれた。


 マウが指さしたのは、満月の中にカニが描かれた写真。

 それを見てから、窓の外に映る本物の満月を見てみると……




 ……ほんとだ、満月の中にいるのはウサギではなく、カニだ。




「月のウサギもカニも、どっちもクレーターの模様を人間がそういう風に見えるって言い出して、それが伝わって見えるようになったんだ……違う形に見えるのは、解釈の違いだね」




へえ……そうなんだ……




あれ?




満月の模様が……カニには見えるけど……




ウサギの形には……見えなくなった。




「あはは! その様子だと、もうカニにしか見えなくなったみたいだね!」

「ぷ……くくく……!」




突然、 マウが笑い出したかと思うと、コヅキさんまでもが笑い出してしまった。

……どうして笑い出すの?


「ごめんよぅ。イザホちゃんって自立していてすごいしっかりしていたからぁ……キョトンってしているのおかしくって……くくくっ……」


 カニの木彫りだから呼吸は必要ないはずなのに、「ヒィヒィ」とコヅキさんは呼吸を整えるような声を出していた……



「ふぅ……でもぅ……安心したなぁ……」


 そう一息つく声を出すと、再び、満月が映る窓に体を向ける。



「アタチね……センセェがいつか死んだらさぁ……どうなるのかなぁって、思ったことがあったのぅ。今までは暇つぶしの妄想程度だったんだけどぅ……」


 その方向に向かってコヅキさんはぴょんとジャンプして、窓際に移動した。


「イザホちゃんがこの部屋に入って驚いてベランダから落ちて……警察の人とのマウちゃんの話を聞いて……アタチと同じ作られた存在なのにしっかりしているから、そんな性格じゃないとひとりで生きていけないって……考えちゃったよぅ」


 コヅキさんのつぶやきに、マウは鼻をフスフスと動かした。


「それで、イザホがキョトンとしていたから自分にもできそうって思った?」

「そ、そんなことないよぅ! 本当はそう思ったけど、言っちゃったら失礼だよぅ! ……あっ」


 実際に声の紋章で言葉にしたコヅキさんは、両手のハサミで声の紋章を隠す。

 それを見ていると……だめだ、笑いそうになる顔を隠すので精一杯だ……


 隣で一緒に笑いをこらえるマウは、想定通りのことがそのまま起きるとは思っていなかったような笑い方だ。


「ちょっと笑わないでよぅ! 人のこと言えないけど……くくくっ……!」




 カニが浮かぶ満月が見守るこのアトリエに、笑い声が響き渡った。










「あっ……お餅、もうなくなっちゃった」


 笑いが一息つき、再び皿に手を伸ばそうとしたマウがつぶやいた。


「ちょっと少なすぎたかな……ねえイザホ、また作っていい?」


 うん、いいよ。

 今度はちょっと多めに作ろっか。冷蔵庫を借りることになるけど、余ったら明日のお雑煮に使おうかな。




「ねぇ、アタチも作っていいぃ?」




 キッチンに向かおうとすると、コヅキさんに声をかけられた。


「作るって……コヅキさん、キッチンには入るなって言われてなかった?」

「言われてたけどぅ……いいのぉ! センセェがいない間じゃないと、できないからぁ!」


 ワタシとマウは、思わず顔を見合わせ、互いに笑みを浮かべた。









「わぁー! これで餅をつくんだねぇー!」


 木製のハサミで麺棒を握ったコヅキさんが、興奮したように腕を動かす。


「まだ餅米が炊くまで時間あるし……イメージトレーニングでもする?」


 マウの提案に、コヅキさんは「するぅ!」と答えた。




 コヅキさんがなにもない皿の上に麺棒を落とすフリをして、


 マウが見えない餅を裏返すフリをする。




 ……ワタシはすっかり、蚊帳の外になっちゃった。

 まあ、楽しそうだし、いっか。




 ふらりとキッチンの外に出てみると、作業台の上に置かれた1冊の本を見つけた。


 それは、満月の写真が映った本。

 さっきマウが見た本だ。餅米が炊けるまで、これでも読んでみようかな。




「ねえコヅキさん、さっきは入らなかったのにどうして入る気になったの?」


 キッチンでは、マウがコヅキさんにたずねる声が聞こえてくる。


「ここで餅つきしたらさぁ、この経験でなにか変わるかもしれないよぅ。お月様の模様がカニに見えることだって、誰かが言い出さなかったらカニには見えなくなるでしょぉ?」




 キッチンの窓には、餅をついているポーズのウサギマウカニコヅキさん


 そしてアトリエには、本を読んでいる女性ワタシがいる。




 本の中に書かれた、本を読む女性のシルエットを見てから、




 窓の外の月は、本を読む女性にしか見えなくなった。










 餅を食べたあとで、マウとコヅキさんにも教えてあげなくちゃ。










【  紋章のカニは、餅つきの模様を描くか?  】

        【 ~Fin~ 】

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