05 祭礼局のお仕事

「一週間後の宴、月鈴ユーリン公主様のお相手のお披露目の祝宴なんですって! どんなお方か楽しみねぇ」


 仕事の指導を受けつつ、とてもおっとりした先輩女官が話を振ってくる。


「はは、それは楽しみですねー」


 香麗シャンリーは引きつった顔で答えた。当の本人が素性を隠して目の前にいるとは思うまい。


「あら、棒読み。香麗さんは興味なさげなお顔をするのね。大体宮廷ここに仕える目的は良い出会いを求めて来る子が多いのに。見目麗しい殿方が多くいらっしゃるから目の保養になるでしょう? ほら、副長官なんか若くて密かに人気なのよ。どう、どう?? 私なんか目を合わせて話しかけられただけでドキドキしちゃう。あ、ほらこっちにいらっしゃるわ、ほらほら!」


 香麗は昼の間、じっとしていられない性格上、何もしないで引きこもっているわけにもいかないので普通の下っ端女官として目立たぬよう過ごす事となった。それに、男子の格好で日がな一日中かしこまっているより余程良い。


 配属されたのは祭礼局。外廷に位置してはいるが、女帝陛下の管轄直下にあり、要するに宮廷行事や祭りごと、宴の準備進行を女官と共に取り仕切る部署だ。

 同僚で噂好きの小鈴シャオリンは、少し先輩で歳上の小柄な女官。

 宴席の参加名簿を見ながら御膳房(宮廷の厨房)に発注する書類を一緒に作成しているところだ。

 そして、現場を取り仕切っている副長官、というのが…


「香麗と言ったな。まだ配属して二日目か、仕事で困った事は無いか?」

「はい、つつがなく。先輩も丁寧に教えてくださいますので」

「それは良かった。では小鈴、引き続き新入りの指導よろしく頼む」


 小鈴はうっとりとした眼差しをで、ぶんぶんと頷いた。

 副長官とやらは、女子を萌え殺す程の破壊力でにこりと優しく微笑んで、さっさと行ってしまった。


(香麗と言ったな、じゃないっつーの! キャラ違いすぎて何なの、何かむしろ腹立たしいんですけど!)


「やだぁ香麗さん、星塵シンチェン様に気にかけてもらって何だか羨ましいわ」


 小鈴は香麗の肩をバシバシ叩いた。


「ごほっ。そう、ですかねぇ、光栄です…」

「素敵じゃない? でもお仕事が終わると、ここ最近とんとお姿を見かけなくなるそうなのよね。夜な夜な女性とお会いしているらしい、なんて噂もあるみたいだけれど…」

「お若いのになかなかの遊び人ですね…」


 ここ祭礼局は、星塵が副長官として所属する部署なのである。

 普段は天絹てんけんの朱色が艶やかな胡服を身に纏い、何食わぬ顔でにこやかに挨拶を振り撒きつつ仕事をしている。

 本人が言っていた通り、誰も素性を知らないのは本当のようだ。

 ワン家のご子息たる出所という肩書きらしい。まさか陛下の息子で、夜や表立った行事の際に、妹の身代わりをしているとは思うまい。


 その一週間後の宴の段取りと準備でこれから忙しくなるとの事であるが、当然我らは主席に座り、陛下の娘と婿候補の役に徹するので当日はこっそり抜けなければいけない。


 かくいう香麗も後宮の奥で、周囲に怪しまれないよう麗孝リキョウとして月鈴ユーリンと居なければいけない為、夜は空ける事になる。

 しかしまぁ、通常下っ端の女官は宿舎の大部屋で過ごすのだが数百人単位で存在するので、いちいちどこの部屋に帰る等と気にする者はいない。いくらでも所在をはぐらかせるわけだが。

 逆に言うと、誰が居なくなっても解らないという怖さもあったり無かったり。

 




 香麗シャンリーは祭礼局での雑務を終え、闇夜に紛れる蝙蝠が如くコソコソと後宮の奥に足を走らせた。

 局の事務所は後宮にわりかし近い所に位置する。

 例の、誰も外の者は使わない浴堂の脱衣所で男装の準備完了だ。

 とりあえず夕刻になれば、この格好で月鈴ユーリンの元へと渡る。

 時には夕餉も共にする。

 渡り廊下から、新月で暗い夜空を見上げた。

 実家で眺めているのと同じなのに、何だか別世界から見ているような月だ。


(はぁ、自分が招いたとはいえ面倒な事になっちゃったな… 協力たってわたしに何が出来るというんだろ)


「早くもご実家が恋しくなってしまいましたか?」


 振り向くと、星塵シンチェン… いや、月鈴が横に立っていた。

 自身の部屋にいる時以外は終始こんな感じで通すのね、流石と感心してしまう。


「今宵は一週間後の宴の件で、お部屋で打ち合わせをしたいのですが、よろしいかしら」

「丁度部屋にお伺いしようと思っていたのです。…月鈴様、今宵は少しお胸に入れた綿の量が多いようで…」

「お黙りあそばせ、フフ」


 そう言うと月鈴は手を引いて歩き、部屋へ誘導していく。

 女官や侍女とすれ違ったが、夜は暗いせいもあり、誰も二人の素性に疑問を抱く者はいないようだ。





「祝宴は申の刻16時から、俺たちはその前に持ち場を抜けてここで準備だ。上には何とでも言って抜け出せるから安心しろ。参加者の席順と配置と役職が大体わかっていれば便利だろう。心配すんな、とりあえずおとなしく俺の横に座ってりゃいい」


 香麗シャンリーは出来るだけ把握しようと思うのだけれど、宮廷が初めてのものにとって、当然ながら様々なしきたりもわからず人間関係は複雑で大変だ。


「とりあえず、何事もなく妹が生きている事を披露できるだろう。おかしな動きがする奴らがいないか注意して探っていかないとな」


 星塵シンチェンは化粧を落とし、薄着で床榻こしかけにぐだっと横になり、資料の書類に目を通す。昼間のにこやかな姿はどこへやら。

 

「うわぁぐだぐだ… 女官の先輩は素敵ねって言ってましたよ。こんな姿見たら幻滅されますね」

「ふふん、外面を良くしておいた方が何かと過ごしやすいし損はないだろ。それよりあんた、香り師とかしてるんだ。子豪から報告が上がってる。明日から祭礼局ここで香のものを扱う業務を任せたい」


 そう言うと、調香に使う道具一式を柳行李かごから出した。


「これ、わたしの…! どうしてここに?!」

「子豪が、改めて今日あんたの家に事情を説明に行った時についでに引き取ってきた。家の方は心配すんな、“詳しくは伝えられないが息子は人目に出すな、娘はある事情で宮中で働く事になったから暫く帰らない”とだけ言ってある」

「微妙なお気遣いありがとうございます。(そんな気遣い要らないから、早く家に帰して欲しいです)」

「香木や香油なんかの香りのものは儀式に使うからうちの局で管理しているんだ、今いる者で誰もそういった知識がないから丁度良かった。各部屋のお香や香水を所望してくる側室やお偉い方々もいる故、対応を頼みたい」


 思わぬ提案に、心が高鳴った。

 冷静に考えれば宮廷で働けるなんて、ちょっとした誉ではないか。(曰く付きだけど)


「あの、俸禄はいかほどもらえるんでしょうか…」

「ってそこかよ。わかってるさ、ちゃんと出るって。さ、もう寝んぞ」


(…ん?)


「え、ね、寝るって…」

架子床ベッドでだけど?」

「い、いい一緒にですか?」

「一緒にだけど? 婚約者なんだろ? 陛下の息子を床で寝かすつもりかよ。かといってあんたを下で寝かす訳にいかねえじゃん。いいだろ、広いんだから」

「いや、広いとかそういう問題じゃなくてですね…」

「あ、あー。そういう仲でもないのにはしたないってか。何もしねえって。なぁ、同志!」


 星塵は広い架子床ベッドの右側にどーんと寝っ転がると、速攻寝息を立てて眠ってしまった。しょうがなくできるだけ左側に寄って、目を瞑る。

 それはそれで、女性としての魅力が無いようで少し寂しい気持ちにもなるのだけれど…



(ね、寝られない… 同志って何よ勝手に巻き込んでおいて。何てひとなのだ… そういう仲じゃなくたって、ドキドキするに決まってるじゃないの)


 得意である香り師として仕事が出来るのは喜ばしいが、これからどうなる事やら。

 香麗はため息をつき、手元の蝋燭を吹き消した。

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