03 窮地

(これはヤバい事になった…)


 謁見の間から、内廷と言われる後宮へと、大柄な武官に連れられてきた。

 外はもうすっかり暮れ方になっている。


 王宮は、大きく外廷と内廷の二つに分かれる。

 外廷は、政を行ったり儀式や祝宴などが行われる場所である。

 内廷は、皇帝のお住まい、いわゆる一般的に指す後宮という所である。通常想像している所とは違い、華香国は女帝の国だ。側室の男性も住まう所となり、基本彼らは宦官が世話をする。

 女官や侍女たちも多数いるが、その者たちは概ね陛下のお世話、政務の補佐や衣食住の手伝いに従事している。そして高官に女性を登用しているのもこの国ならではだろう。

 現に、太監たいかんと言われる政務の長は現在女性なのである。



(このまま女だとバレて、殺されちゃうなんて事も… 色々な意味で、お、お腹痛いぜ…)


 思い付きで身代わりとしてここまで来てしまったせいで、こんな事になろうとは。しかも咎を受けるとして自分だけならまだしも、一族にも及ぶだろう。そもそも婿候補に選ばれるなんて思ってもない展開ではないか。

 やがて奥へ進むと、瀟洒しょうしゃな門が見え、中に案内をされた。


「こちらの宮は陛下家族の住まう花繚宮かりょうきゅうでございます。ごく一部の女官や侍女しか立ち入る事が許されぬ場所故、最大限失礼のないようお心得ください」


 そういうと武官は香麗シャンリーを宮の部屋に残し、行ってしまった。

 名の如く、庭の花が美しく咲き誇っている。

 すると奥から女官がわらわらとやってきて、あれよあれよと夕餉が用意されていく。


「この度は、婿候補として内定されるとの事お喜び申し上げます、ヤン麗孝リキョウ様。本日こちらに滞在せよと陛下のお達しがございましたので今夜のところはごゆるりとお過ごしくださいませ」


 月鈴ユーリンの侍女頭だという、なかなかに威厳のあるふくよかな女性が丁寧に礼をした。


(そんなの聞いてないし… 食べ物に毒なんか入ってないよね… いやもう入っていたとてどうせ殺される身なんだわ、満腹食べてやーろうっと)


 もうこうなったら成り行きに任せるしかないと腹をくくり、銀の箸で、冷たく冷えた豪華な食事に手を付けた。

 このような状況でも食欲が衰えないところは、自分でも呆れて感心してしまう。



「こちらの部屋でお過ごしになるよう仰せつかっております。隣にある浴堂はお好きな時にお入りください。とりあえず服は部屋の棚に用意してございます。ではごゆるりと」

 

 夕餉を終えると、侍女頭にさらに後宮の奥の別の宮に誘導され、そう言うとさっさと行ってしまった。


(ごゆるりとできますかい…)

 

 それにしても、とんでもない一日だった。

 とりあえず気持ちを落ち着かせるために、せっかくなので浴堂へ向かい、誰もいない事を確かめて、とんでもない広さの湯船に浸かった。ぶくぶくと潜る。


(明け方に家を出たのに、今は宮廷でお風呂に入っているわたし… 脳が追いつかない。一体全体これからどうしよう。どのみちすぐにバレるのに。それに今頃皆、心配しているだろうなぁ…)



 湯船から出ると再び胸に晒を巻き直して、仕立ての良い上質な絹の部屋着に袖を通し、部屋に向かうと再び侍女頭がやってきた。


「お寛ぎのところすみません、麗孝リキョウ様。今宵のうちに貴方様に、一度お目通りしたいと月鈴様が仰せでいらっしゃいます」


(ぎゃふん、もう逃れられない! 早くもピンチ!!)


 変な汗が出てきた。とにかく出来る限り平静を装い、急いで服に着替え直すと侍女頭に誘導されるがまま、月鈴公主の部屋に向かった。

 




「月鈴様、ヤン麗孝リキョウ様をお連れしました」

「お通しして」


 中から月鈴ユーリンが返事をした。存外落ち着いた声だ。

 ではどうぞと扉を開け、侍女頭はススス、と廊下の奥に下がっていく。

 

「失礼します」


 流石はお姫様の部屋、奥には上部におおいのついた架子床ベッドが配置され、大きな花瓶に飾られている薔薇が良い香りを放っている。

 羽衣のような帘幕カーテンの後ろから、月鈴が現れた。

 改めて間近で対面した。昼間の謁見の間に現れた時と違い、普段の格好をしていても花のように美しく、女子おなご香麗シャンリーでもうっかりドキドキしてしまう。


「そもそも王宮は初めてとの事、早く直接挨拶をしておかなければと思ったの」


 月鈴は控え目に微笑んだ。

 夜で部屋が薄暗い分、十七歳とは思えないぐらいに妖艶なオーラを纏っている。


「こちらこそ選んでいただき光栄の極みにございます。不躾ながら、ご質問が…」

「今日謁見したばかりなのに来て早々後宮に引き止めてしまったから。何故だと思ったのでしょう?」

「えぇ、そもそももっと良い家柄で素晴らしい男性がたくさんいるのに、何故わたくしなのかと…」


(こうなったら早いこと素性を言っておかないと、もう無理でしょ! 捉えられてもしょうがない!!)


「月鈴様、あのですね…」


 言いかけると同時に、月鈴は香麗の腰に手を回し、抱きついてきた。


「おぁ! あ、あのあのその…」


(やだ積極的かー! え、ちょっと、今夜何かそんな事になっちゃうの?! てか何かしら後宮のしきたりなんでしょうか?!?!? 早く、早く言わなきゃ、言わ…)


 さっきの微笑みはどこへやら、月鈴はにやりと悪い笑みを浮かべた。


「…お前、血の匂いがするな。隠せてねぇぞ」

「!?!?」

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