第15話
「じゃあ、あの血だまりはなんだったんだ」
目の前に突如現れたリリアーナに、エドワードは驚きを隠せないでいるようだ。
「血だまり? わたしはどこも怪我などしていませんけど」
もしかしたら、リリアーナが死んだという信憑性を高める為、マーガレットが偽装したのかもしれない。
血のりを使ったのか、動物の血でも撒いたのか、その真相はあまり考えたくないけれど。
「な、なんなのあなた! 昨日、確かに闇の中へ葬ったはずなのに!!」
確かに昨夜リリアーナは呪いのアイテムの力により、得体のしれない闇の中へ取り込まれてしまっていた。
「さすがにあんな経験初めてだったので、闇の中から抜け出すのに一日も掛かってしまいました」
「抜け出すって、そんな馬鹿な……普通の人間に、そんなこと出来っこないはずっ」
「はい……実は、わたし普通の人間じゃないんです」
「は?」
「普通じゃないので、必要とあらばこうしてあなたを拘束したりもできるのですが……」
(残念なことに、闇に取り込まれた人間を救うことはできない)
闇属性同士、力をぶつけ合い呪いのアイテムを壊すことはできるだろうけど、そうしたら既にアイテムと意識が同化し始めているマーガレットは……
「なにを訳の分からないことを言っているのかしら。こうまでしてわたくしの邪魔をして楽しい? わたくしは……こんなに、胸が張り裂けそうなぐらい苦しいっていうのに!!」
「リリアーナ!!」
「っ!」
邪悪な波動に精神が錯乱しないよう、リリアーナは結界魔法でエドワードを守る。
身体から強い力を放出したマーガレットは、リリアーナが魔法で作った拘束のツタを引き千切り、再びナイフをその手に握りしめていた。
「もうやめてください、マーガレットさん」
「うるさい、うるさい、うるさい!!」
もう言葉で彼女の暴走を止めることはできないのかもしれない。
ならば、リリアーナが取れる最後の手段は一つだけ。エドワードの身に危険が及ぶことは避けたい。
「エドワード様……お願いがあります」
結界魔法を続けながらリリアーナは決意を秘めた顔つきでエドワードを見上げた。
「なんだ?」
「どうか、わたしに命令してくれませんか?」
「なにを?」
「目の前の彼女を倒すようにと……」
リリアーナの声は僅かに震えていた。
本気を出せば勝てる自信は十分にある。けれど、この力で人を殺めることはリリアーナにとって悪い魔女に堕ちること。父との約束を破ること。そうなることが怖かった。でも。
「わたしに言い訳をください。この力は、人を傷つけるためじゃなく、守るために使うのだと」
「っ!」
「邪魔者はみんな、手に入らないならエドワード様も、全員消えてしまえばいい!!」
大きな闇を纏ったマーガレットが襲い掛かってくる。
だがエドワードは、リリアーナが望んだ命令をくれなかった。
もうだめだ。リリアーナは覚悟を決め、自分の意思で彼女に攻撃魔法を仕掛けようと詠唱したのだが。
「ダメだ、リリアーナ!」
リリアーナとマーガレットの間にエドワードが飛び出してきた。
リリアーナは、寸前のところで攻撃魔法を引っ込める。
「エドワード様、なにをっ」
なにをするのかと思えば、エドワードは素手でマーガレットの両手を掴み止めていた。
呪いに犯されている相手に触れるなど無謀すぎる。
だがそうまでして身体が勝手に動いてしまうぐらい、エドワードにとってマーガレットは大切な存在だったのかもしれない。
リリアーナは最初、彼の行動をそう受け取ったのだが。
「キミにとって、お父上との約束は大切なものなんだろう? なら、無理にそれを違えてはダメだ!」
「っ……」
まさか彼が、そんな理由で捨て身になってまで止めてくれるなど、考えもつかなかった。
「エドワード様は、わたくしだけの王子様なの。ふふ、エドワード様、闇の中でわたくしと一つに溶け合いましょう」
「グッ……」
だがそうしている間にも、マーガレットから溢れ出る闇がエドワードを取り込もうとしている。
「エドワード様、ありがとう……」
その瞬間、リリアーナは彼を守るためなら、悪い魔女になることも厭わないと、本当の意味で心が動いた。
しかしリリアーナが再び詠唱を始める前に、温かな光がエドワードから溢れ出す。
「これは……」
「イヤ、苦しい、やめて、エドワードさまっ……キャーッ!?」
その光に当てられた瞬間、マーガレットは奇声を放ち闇は祓われ崩れ落ちた。
「エドワード様!」
光が消えると地面に膝を着いたエドワードの下へ、リリアーナが慌てて駆け寄る。
「今のは……もしかして、女神様の加護の力ですか?」
神聖で邪悪なものを全て祓うほど強力な光だった。闇属性の魔女であるリリアーナでは、とても扱えない力だ。
「分からない……ただ、キミに守られてるだけじゃ、格好つかないと無我夢中だったんだ」
「そんなっ、そんなことないです。エドワード様は、わたしの心を守ってくれました」
十分にカッコよかったと、そう伝えたかったのに。
「リリアーナ、無事でよかった……本当に……」
エドワードは少し照れくさそうに苦笑いを浮かべると、力を使いすぎたのか、そのままリリアーナの腕の中で意識を無くし眠ってしまったのだった。
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