第16話

 嫁入り修行も兼ねてとテリーゼ城へメイドとして働くことになったマーガレットの毎日は、とても退屈なものだった。

 田舎の貧乏な男爵家の次女として生まれた自分に与えられた未来なんて、夢も希望もない。

 そんなある日……城の中庭で、物思いに耽っていたエドワードの憂い顔を見た瞬間、マーガレットは稲妻に撃たれるような衝撃を覚えた。


 この人は、自分をこのつまらない毎日から救い出してくれる、運命の王子様に違いないと。


 それなのに、どうして上手くいかないの?


 邪魔者を何度消しても自分は選ばれない。家柄など関係なければ、エドワードに相応しいのは他の誰でもなく自分に違いないというのに……



◇◇◇◇◇



「っ!」

「あ、お目覚めですか?」

 目が覚めて最初に視界に入ってきたのがリリアーナの顔であったことが不服だったのか、マーガレットは不愉快そうに眉を顰めている。

 けれど、昨夜のように言葉の通じない虚ろな目はもうしていない。

 エドワードの力によって邪悪な闇が祓われたおかげだ。


 気だるげに起き上がりながら辺りを見渡し、ここが城の地下牢であることを察しても、彼女はもう叫んだり暴れたりすることはなかった。

 呪いのアイテムに精神を犯されていたとはいえ、自分がなにをしでかしたのか、虚ろげであっても記憶は残っているのだろう。


「……こんな埃臭い所、王妃様がよく入れてもらえましたね」

「いいえ、入れてもらえなかったので、こっそり忍び込んできました」

「は?」

 内緒ですよと人差し指を唇に添えつつ、悪びれない表情を浮かべるリリアーナに、マーガレットは唖然としている。


「っ……そうまでして、わたくしを馬鹿にしにきたの?」

「違います、わたしは」

「なんであなたなの! あなたさえ来なければ、きっと次に選ばれたのはわたくしだった!」


 怒りや悲しみの感情でぐちゃぐちゃになっているのか、マーガレットは大粒の涙を零しリリアーナを睨みつけてくる。


「彼を誰より愛しているのはわたくしなのにっ。負けないから、エドワード様を幸せにするのはわたくしだけなの。この気持ちだけは、絶対に誰にも負けない!」

「なぜですか?」

「え?」

「あなたは、そんなにも強くエドワード様を幸せにしたいと思っているのに、なんで彼の苦しみの原因だった花嫁殺しの呪いを何度も繰り返したのですか?」


 マーガレットの言動はリリアーナからみると矛盾していた。

 彼を幸せにしたいといいながら、影で彼を苦しめていた原因は彼女だったのだから。


「違うっ、わたくしは誰も殺してなんかない! ただ、恋の叶うペンダントに毎回お願いしていただけよ。エドワード様が、わたくしの真実の愛に気付いてくれますようにって。邪魔者は消えてくれますようにって!」


「花嫁がいなくなるたびにエドワード様は苦しむのに?」

「それ、は……」

「あなたの本当の願いはエドワード様の幸せじゃない。エドワード様を独占することだったんですね」

「っ!」

 呪いのアイテムは、彼女の心の奥底に潜んでいたその願いに共鳴し叶えていたのだろう。


 リリアーナが呪いを解明するために解き明かした彼女の本音は、マーガレット自身ですら気づいていないものだったようだ。

 リリアーナの言葉を聞いた途端、衝撃を受けて彼女は黙り込んでしまった。


「わた、わたくしは、ただ、幸せに……」

「幸せになりたかったんですね。マーガレットさんは、自分自身が」

「う、うぅ……」

 マーガレットは、今度は静かに涙を流した。

 自分が幸せになりたいと願うことは、なにも悪いことじゃない。だからリリアーナは、マーガレットを非難するつもりはなかった。


 ただ、そんな彼女の奥底に眠る感情を利用した誰かがいるなら……その相手には、卑劣さと共に嫌悪を覚える。


(銀のナイフが呪いのアイテムかと思っていたけれど……本物のアイテムは、ペンダントだったんだわ)


「マーガレットさんに、教えて欲しいことがあります」

「教えて欲しいこと?」

 先程より落ち着いた様子のマーガレットは、憑き物が落ちたように憎悪の抜けた表情で顔を上げた。


「その恋が叶うペンダントを、どこで手に入れたんですか?」

 呪いのアイテムなんて、たとえ過去魔境の地と呼ばれていたテリーゼ王国でも、軽々しく手に入るほど流通している代物ではない。


「それ、は……」

 マーガレットは記憶を辿ろうとするも頭痛を感じたのか、眉間に皺を寄せて額を押える。

「誰かからの贈り物ですか? それともご自身で買った物?」

 リリアーナはマーガレットを刺激しないよう、優しい声音で問い掛けたのだが。


「これは……恋の叶う不思議なペンダントだって……アノ方が……」

「あの方?」

「うっ……くっ、あぁあぁあっ!?」

「マーガレットさん!?」


 突然胸を掻き毟る様にして、マーガレットが苦しみ始める。


(いけない!)


 このままでは口封じにマーガレットが殺されてしまうかもしれない。

 そういう魔法も掛けられていたのだろう。

 リリアーナは苦しむマーガレットを押さえつけ、彼女の胸元にあったペンダントを引き千切った。


 そうして破壊の呪文を唱えた途端、それは粉々に砕け散ったのだった。

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