第14話
次の日の朝、いつものように食堂でリリアーナと朝食を取るため、身形を整えたエドワードは席に着き、彼女が来るのを待っていた。
だが、いつまで経ってもリリアーナはやってこない。
珍しく寝坊だろうか。それだけなら良いが、体調を崩して起きられないでいるなら心配だ。
なぜか嫌な胸騒ぎを覚えたエドワードは、自らリリアーナの部屋へ様子を見に行こうと思ったのだが。
「エドワード陛下!!」
乱暴に食堂のドアが開かれる。
顔面蒼白で息を切らせ食堂に飛び込んできたオリビアの姿を見た瞬間、エドワードは全てを察し頭の中が真っ白になった。
――オレはまた失ってしまったのか。
やはり自分は呪われているのだ。彼女との時間を大切に思った瞬間、その存在は泡のように消えた。
一緒に出掛けようと昨日約束をした時のことを思い出す。
嬉しそうに笑ってくれたリリアーナの姿が脳裏に過り、エドワードはグッと目を閉じた。
その後、エドワードは従者が止めるのを振り切り、リリアーナの部屋へ向かった。
どんなに惨い姿になってしまっていても、彼女の姿をちゃんとこの目で見て確かめたかったのだ。しかし……
「これ、は……」
エドワードは困惑した。
リリアーナの部屋にあるベッドには、目を逸らしたくなるような血だまりが出来ていた。
けれど、彼女の姿はどこにもなかったのだ。
聞けばオリビアが最初にこの部屋へ入った時には既に……
「クソッ、リリアーナはまだ見つからないのか」
夜になってもリリアーナの行方は分からないままだった。
あれだけの出血を残す怪我をして、一体どこに消えたのか。攫われたのか。
なにも手掛かりは見つからない。
自ら探しに向おうとしたエドワードだったが、護衛もなしに走り回ることは許されず、今もこうして部屋で従者たちがリリアーナを見つけ、戻って来てくれるのを祈ることしかできない。
自分はなんてちっぽけで無力な存在なんだと自嘲したくなった。
こんな自分が一国の王だなんて笑える。
「リリアーナっ」
どうか無事でいてくれと、強く願う気持ちから無意識に握る拳に力が入る。自分の爪が掌に食い込むぐらいに。
「エドワード様」
「っ……マーガレットか」
気が付くと、いつの間にか自分の後ろに控えていたマーガレットが、そっと優しくエドワードの手を包み込む。
「苦しそうなエドワード様のこと、わたくし、もう見ていられません」
潤んだ瞳でそう言って、マーガレットはぎゅっとエドワードに抱きついてきた。
「わたくしが、エドワード様のことを支えます」
「マーガレット、なにをっ」
「エドワード様だって、本当は分かっているはずです! もう、リリアーナ様は戻ってこないって」
「っ!」
「あの人も、結局はいつもの花嫁と同じ。呪いに勝つことはできなかった。でも、わたくしは違います! わたくしだけは、エドワード様を置いていなくなったりしない。絶対に」
「…………」
「だから、今度こそわたくしを……六番目の花嫁に選んではくれませんか?」
熱の籠った眼差しを向けられ、彼女の想いが伝わってきた。自分はこんなにも彼女に想われていたのかと。
「……すまない、マーガレット」
「え……」
そっと肩を押され、抱きついていた身体を離されたマーガレットは、エドワードの態度が自分の思っていたのと違ったことに、戸惑っているようだった。
「オレは、六番目の花嫁など望んでいない。今はただ、リリアーナが無事に戻って来ることを信じたいんだ」
「な、んで……」
はっきりと告げたエドワードからの返事に、マーガレットは目を剥き出し声を震わせる。
「……なんで、なんでっ、どうして分かってくれないんですか、エドワード様! あなたを愛しているのも、幸せにできるのも、この世でわたくしただ一人なのに!!」
「落ち着いてくれ、マーガレット。オレはっ」
「あ、はは……そっか、そうだったんだ。やっぱり……あなたを手に入れるには、初めからこうするしかなかったんだ」
ポタポタと大粒の涙を流しながら、目が据わったマーガレットはどこからか銀のナイフを取りだしていた。
ただのナイフではないようだ。禍々しい闇が纏わりついているナイフを向けられ警戒する。
「もう二度と、他の花嫁には渡さないから!!」
金切り声をあげたマーガレットがナイフを振り上げ飛びかかってきた。
「なんだっ!?」
避けようとしたが足が動かない。決して恐怖で竦んでいるわけではない。
エドワードの足にマーガレットから溢れ出る闇色のツタが絡み付いてくるのだ。
襲いかかってくる鬼の形相をしたマーガレットを前に、自分はここで死ぬのかと静かに思った。この血を絶やさないという義務も果たせず。けれど……
キーンという音と共に、マーガレットの握りしめていたナイフが弾かれ飛んでゆく。
「な、なにっ、きゃあ!?」
状況が把握できないうちに、今度はマーガレットが闇色のツタに絡まれ動きを封じられていた。
「さすがに、わたしの旦那様に手を出すおつもりなら、見逃すわけにはいきませんね」
そんな声と同時に、軽やかに闇の中から現れたのは、無傷で元気そうなリリアーナの姿だった。
「リリアーナ、生きていたのか……」
「はい。約束したじゃないですか。わたしは絶対に、呪いなんかじゃ死にません」
「っ!」
こんな非常事態でも、動じることのないリリアーナの笑顔に、その瞬間エドワードの心は完全に奪われたのだった。
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