第13話
思わず勢いで彼女を誘ってしまったが、了承して貰えてよかった。
馬車に向いながらも、エドワードはそわそわと、どこか落ち着かない気持ちだった。
「マーガレット、悪いが明日のスケジュールを調整するよう従者に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
これから大事な会食なのだ。浮ついた気持ちではいられない。
気を引き締め直し馬車に乗り込んだエドワードだったが、馬車に揺られ窓の外を眺めながら、ついつい明日リリアーナをどこへ案内しようかと考え始めてしまう。
まだ呪いの件が解決したわけでもないのに、気を緩めるべきではない。
そう自分を戒めようと思ったのだが、先程の一緒に出掛ける提案を、嬉しそうに受け入れてくれたリリアーナを思い出すと、思わず顔が綻んでしまいそうになる。
まったく、自分らしくないと自分で思う。
(どうしてしまったんだ、オレは)
スケジュールが詰まっていたのに、仮初めの花嫁に一目会うため時間を割くなど、今までの自分では考えられない行動だ。
そんな自分に戸惑いつつ、どうしてそんな行動を起こしてしまったのか、答えは簡単だった。
気持ちが安らぐのだ、リリアーナといると。
なにも気負わなくていい。一緒にいると、そんな気持ちにさせられる。
出会ってまだ、少ししか経っていないのに。彼女の存在は、確実にエドワードの中で大きくなり始めていた。
◇◇◇◇◇
久しぶりに部屋で一人食べた夕食は、リリアーナの好物ばかりだったはずなのに、なんだか少しだけ物足りない気持ちになってしまう。
エドワードと二人で夕食を取ることが日常になりつつあったため、寂しいと思ってしまう自分がいるのかもしれない。
(贅沢に慣れちゃダメね。いずれはここを出て、一人暮らしになる予定なのだし)
そんなことを考え無意識に食事の手を止め、スープと睨めっこをしてしまったリリアーナへ、傍にいたオリビアが「いかがなさいましたか?」と声を掛けてくれた。
「本日のお食事は、お口に合いませんでしたか?」
「そんなことないです。どれもとっても美味しくて、でも……」
「でも?」
「エドワード様も一緒だったら、もっと美味しかったかもって」
素直に答えたリリアーナの言葉に「まあ」と口に手を添え、オリビアは微笑ましそうに目を細める。
「その言葉。エドワード陛下が知ったら、きっと喜ばれますよ」
そう言うオリビアも、なんだか嬉しそうだ。
「リリアーナ様がいらっしゃって、まだ少ししか経っていませんけど、なんだか最近陛下の表情が前より豊かになった気がするんです」
「そうなんですか?」
リリアーナはオリビアの言う前のエドワードを知らないので、なんとも言えないが。
「はい。きっといつも明るいリリアーナ様の影響ですわ。だから私たちメイドも、感謝しています。リリアーナ様が我が国に来てくれて良かったと」
「そんな、わたしまだなにも出来ていないのに」
そんな風に思ってもらえていたなんて、なんだか照れくさくてリリアーナは頬を赤らめた。
今日も呪詛が飛んでくることは一度もなく、嫌がらせのような出来事もなくなり、平和な一日が終わり、リリアーナは寝る準備を済ませ自室のベッドに入った。
エドワードとは仮初めの夫婦であるが、周りから怪しまれないため、一緒の寝室で眠ることもあったが、今日はエドワードが遅くまで会食なのでその必要もない。
(今日のごはんも美味しかったな。オリビアさんとも、仲良くなれてきた気がして嬉しいな。明日はエドワード様とお出掛け……楽しみ)
こんなに充実した毎日を過ごしてしまっていいのだろうか。
なにも悪いことはしていないのに、なんだか罪悪感を覚えてしまう。
それは自分が幸せ慣れしていないせいなのかもしれない。
(でも、この生活に慣れてしまうのはなんだか怖い)
自分は仮初めの花嫁。いずれはここを去る身なのだし……
ぼんやりとベッドの中で、そんなことを考えていた時だった。
「…………」
誰かが部屋に入って来た。そして忍び足でこちらに近づいてくる。
リリアーナは目を閉じたまま寝たふりを続けた。
嫉妬。憎しみ。殺気。そんな仄暗い感情を纏う誰かは、枕元までやってくると足を止め……そのまま、銀のナイフをリリアーナの心臓目掛けて振り上げる。
「暗殺目当てでしたら、ちゃんと殺気を隠さなくちゃ。気配でバレバレですよ」
「っ!?」
軽々と手首を掴まれ動きを封じられた侵入者は、引き攣った顔で息を呑んだ。
「マーガレットさん、やっぱり一連の呪いは全部あなたが犯人だったんですね」
彼女から放たれる負の感情。それが恐らくは、彼女が持っているなんらかのアイテムと共鳴することにより、呪いを発動していることが考えられる。
彼女がもっているナイフが、呪いのアイテムなのだろうか?
「……さい……るさい、うるさい、うるさい、うるさい!!」
(いつものマーガレットさんじゃない)
呪いのアイテムに魅入られて、彼女は既に正気を失っているようだった。
仄暗い目をしている。今は言葉が通じる状態ではないかもしれない。
(どうしよう……どうすれば、正気に戻ってくれるだろう)
力で伸すのは簡単だが、呪いのアイテムに憑りつかれているとはいえ、人間相手に魔法をぶつけるのには抵抗があった。
魔法で人を傷つけたりすれば、その瞬間から自分は父との約束を破り、悪い魔女の道へ堕ちてしまう気がして。
「……ろ、消えろ、消えろ!!」
「まっ、待って、マーガレットさっ」
マーガレットから溢れ出る憎悪の感情に呪いのアイテムが共鳴し、危険な力が発動しそうな気配がする。
「お前さえいなくなれば!!」
「っ!?」
しまった、と思った時には遅かった。
次の瞬間、リリアーナは突如出現した闇の穴に呑み込まれ、姿を消したのだった。
◇◇◇◇◇
「ふっ……ふふふふふ、あはははは、やった、やったわ!」
しんと静まり返った部屋で、マーガレットは一人高笑いをする。
こうしてエドワードの五人目の花嫁は、消えた。
「ああ、今度こそ、エドワード様はわたくしの物。これも全部全部、恋の叶うペンダントのおかげね」
そう、自分はなにも悪くない。いつだって、恋の叶うペンダントに祈っていただけなのだ。
――今度こそ、邪魔者が消え自分が彼の花嫁になれますように。
それだけを、何度も、何度も。これからも、叶うまで何度でも願おう。
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