第6話
そして結婚式当日。
部屋へ起こしに来てくれたオリビアへ元気な姿を見せると、彼女はほっとした顔をみせた。
朝食もやはりエドワードは一緒に取ってくれなかったので、部屋で一人のんびりといただく。
その後も、エドワードに会うことはなく結婚式の準備のため、ドレスを着てヘアーメイクを施され始めた。
挙式は城にある聖堂で行われるそうだ。
本来、国王の結婚式ともなれば、それなりの期間準備が必要なうえ、ドレスだってオートクチュールで、お呼びする貴賓たちもかなりの数になるのだろうが……本日の予定を聞けば、ひっそりと誓いの儀式を行い、国民へのお披露目もなく終わるらしい。
リリアーナとしては、まだ王妃教育も受けていない状態なので、外交的なものではなくてありがたいぐらいだが。
「……リリアーナ様、とてもお綺麗ですわ」
オリビアは若干震える指先でリリアーナの唇に紅を引くと、準備が整ったと鏡の前に立たせてくれた。
そこには既製品とはいえ、自分にはもったいないぐらい豪奢なレースをあしらった純白のドレスを着たリリアーナが映っている。
「わぁ、こんなに素敵なドレスを着たの、生まれて初めてです」
オリビアはずっとリリアーナに対し、情を移さないように気をつけていたようだが、それでもやはりこれでお別れかもしれないという思いからなのか、その目は潤んでいた。
そして鏡越しにリリアーナが微笑むと、罪悪感に苛まれているかのように辛そうな顔で視線を逸らす。
「こんなことぐらいしかできない私を、どうかお許しください」
「なにを言うんですか。こんなに綺麗にしていただけて、嬉しいです」
「っ……」
そんな顔しなくても、自分は死なないから大丈夫だと伝えたくなったが、呪いの話を知ってしまったことは、周りに気取られないほうが身のためだろう。
だから少しの心苦しさを抱きながらも、リリアーナはなにも言うことなく、式場へと向かうことにしたのだった。
オルガンの音色が聖堂に響き渡る中、リリアーナは先ほど会ったばかりの保護者代理と一歩ずつバージンロードを進んでゆく。
もちろんリリアーナを厄介者扱いしていた伯爵家の者たちは、誰一人式には来ていない。
ちらほらと席に着いている城の関係者だけが固唾を飲んで見守る中、エドワードの下まで着いたリリアーナは臆することなく彼の隣に並んだ。
神父がさらっと祝言を述べ、互いにどんな時も支え合うようにと愛の誓いを形式的に問われる。
なにを思っているのか、全てを諦めて無の境地でいるのか、エドワードは感情の籠っていない声で淡々と誓いの言葉を述べた。
リリアーナも躊躇することなく、明るい声で宣誓した。
「それでは、誓いの口付けを」
神父にそう言われた瞬間、ほんのわずかにエドワードの表情が強張ったのが分かる。
きっと今までの花嫁は全員、この先に進むことなく命を落としたのだろう。
聖堂の隅の方には城の医師が控えている。
そっとベールを捲られ、今日初めてエドワードと目が合った。
「本当にいいのか?」と、小声で問いかけてきた彼は、今すぐにでもリリアーナに逃げ出して欲しそうだったが、リリアーナはにっこりと微笑んでみせた。
大丈夫。わたしを信じて、と――
「っ……」
リリアーナに逃げも隠れもする気がないのだと察したエドワードは、覚悟を決めたように息を呑み――そっとリリアーナの唇に誓いのキスをする。
聖堂の空気が、ピンッと張り詰めた。だが……
聖堂にいるリリアーナ以外の全員が恐れていた事態は、なにも起きなかった。
そこにはニコニコと新郎に微笑みを向ける花嫁がいるだけ。
血を吐いて倒れることも、青い顔をして苦しみ藻掻くこともなく、終始いつも通りの笑顔で結婚式を終えたリリアーナを、聖堂にいた者たちは、祝福の拍手も忘れ呆然と眺めていたのだった。
惨劇は起きなかった。
聖堂を後にして「ね、大丈夫だったでしょ」と言いたげにエドワードを見上げたリリアーナの笑顔を見て、なぜだかエドワードは底知れないなにかを彼女から感じたのだった。
その後、城の関係者だけを集めた細やかな披露宴が行われた。慌てて料理を見繕たような、実質城の人間だけの懇親会のようなものだったが。
結婚式を終えても生き残ったリリアーナを好奇の目で見る者もいれば、まだ油断は出来ないと怖がり近づかない者、無事結婚式を終えられたことに安堵している者と、城の人間の反応は様々だった。
エドワードも、これでもう安心だなどとは思っていないようで、リリアーナの様態が急変しないだろうかと、注意深くこちらを観察してくる。
だがやはり、リリアーナはニコニコと苦しむ素振りも見せず、披露宴も恙なく終えたのだった。
「リリアーナ様、ハーブティーです」
「ありがとう」
夜になり湯浴みを済ませたリリアーナは、自室でオリビアに甲斐甲斐しく髪を乾かされ、薄化粧を施されていた。
普段ならもう寝るところなので化粧など必要ないと言うところだが、今夜は一応結婚初夜なので、気を遣われているのだろう。
オリビアに髪を丁寧に梳かれながら飲むハーブティーは格別で、疲れも癒える味がした。
「おいしいです」
「よかったですわ……無事、結婚式も終えられて本当に……」
けれど、どこかでまだ気を抜けないでいる。オリビアはそんな表情をしていた。
「気遣ってくれてありがとう。これからも、よろしくお願いしますね。オリビアさん」
そんな彼女を少しでも安心させてあげたくて、鏡越しに微笑むと。
「っ……こちらこそ。これからも、リリアーナ様の侍女でいられて嬉しいです」
初めて視線を逸らさず微笑み返してくれた彼女に、リリアーナは嬉しくて満面の笑みを浮かべたのだった。
◇◇◇◇◇
「エドワード陛下……本当に今夜、あの方と一夜を過ごされるのですか?」
呪いの王と言われるエドワードの身の回りの世話をしてくれるマーガレットは、この城で唯一、呪いを恐れず側にいてくれるメイドだった。
何人も花嫁が亡くなる中、エドワードの側にいても呪いを受けない彼女を、この際花嫁に迎えてはどうだという声も一部ではあげられていたぐらいだが、使用人を王妃にするのはいかがなものかという反発と、エドワード自身は呪いの正体を解決するまで結婚するつもりはなかったので、結局その話は流れてしまっていたのだが……
「わたくし、心配ですわ。今までのことを思うと、このまま何事もなく終わるとは思えなくって……」
マーガレットがそう言うのも無理はない。エドワードだって、リリアーナと何事もなく結婚式を終えられるとは思っていなかったし、もうこれで心配はいらないなどと脳天気な思考にもなれない。
「今夜は、まだ別々に過ごされた方がいいんじゃないかと」
「いや、そういうわけには……」
リリアーナとの初夜を拒むということは、国王として世継ぎを残す義務を拒むということにもなる。表向きよろしくない。
それから……昨日の約束通り、恙なく結婚式を終えた彼女とは、一度ゆっくり話してみたい気持ちもあった。呪いが発動しなかったのには、なにかカラクリがあるのかということについても。
「花嫁を呼んできてくれ」
そうマーガレットに命じると、彼女は驚いた顔をした。そして……
「で、でも! もし、今夜呪いが発動して……朝目覚めた時に、冷たくなった花嫁様をエドワード陛下が一番に発見することになったらって思うと……」
「っ!」
縁起でもないことを言わないでくれと言いたくなったが、今までの花嫁のことを思い出すと、マーガレットの言っていることは、決して大げさな妄想というわけじゃない。
『あなたの背負っているモノを、わたしにも半分持たせてください』
呪いの王と恐れらている自分に、そう言ってくれた昨日の彼女が脳裏に浮かんだ。
その瞬間、朝目覚めた時に冷たくなっている彼女の姿も思い浮かんでしまい、一気にエドワードの血の気が引いてゆく。
もう、なにも失いたくない。自分は……
「そう、だな……やはり彼女には、今夜はこちらに来なくて良いと伝えてくれ」
「はい! その方がいいですよ、絶対」
それを聞いたマーガレットは、すぐにリリアーナへエドワードの言葉を伝えに向かってくれた。
(これでいい……誰もオレに近づかなければ)
近づかなければ、死なせる確率も減らせるはずだ……
けれど、この国には王家の血を継ぐ後継者が必要で、いつまでも誰も寄せ付けないわけにはいかない。
そんなジレンマから、エドワードは一人になった寝室で、深いため息を一つ吐いたのだった。
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