第5話

 リリアーナが近づく前にバルコニーの扉が勝手に開かれ、強風でカーテンが煽られるなか部屋に入り込んで来たのは雨風と大量の紙片。


 すぐにバルコニーに出て犯人を確認しようと駆け寄ったリリアーナだったが。


「わっぷ!?」


 顔面に紙片が張り付き足を止める。紙片を剥がして見ると、そこには数時間前壁紙に書かれていたのと同じ、赤い血のりで書かれた文字。


『命が惜しければ、この城を出て行け』


 紙片をランプで照らして確認すると、書かれていた忠告の内容も壁にあったものと同じ。


(この忠告の主さんは、よっぽどわたしのことを心配してくれているみたい)


 臆することなくバルコニーへ飛び出すと、隣の部屋のバルコニーへ飛び移り立ち去る黒い影が見えた。


「よっと!」


 リリアーナも後に続くように、軽々と隣のバルコニーへ飛び移り部屋の中へ消えた黒い影を追う。

 隣の客室は本日誰も泊めていないと聞いていたが、ならばこの部屋に逃げ込んだのは何者なのだろう。


「待って!」

「っ!!」


 部屋の外へ逃がさないうちにと、リリアーナはローブを目深くかぶった何者かの腕を掴み止める。


 背も高く腕の肉付きからして男性である可能性が高い。そう咄嗟に判断した途端、腕を振り払われそうになったが、リリアーナは体格差と相手の力をうまく利用し、逆に男を押し倒す。


「なっ!?」

 まさか華奢な娘に押し倒されるなんて予想していなかったのか、相手の困惑が伝わってくるが、リリアーナはそこですかさず男のローブを剥ぎ取った。


「まあ、エドワード陛下だったのですか」

「っ……」

 露わになったのは、薄闇でも輝かんばかりの麗しい金髪碧眼の美青年。エドワードだった。


 そして、いつまでも押し倒したまま会話をする訳にはいかないので、馬乗りをやめリリアーナが降りても、もう彼が逃げだそうとすることはなかった。




「壁紙の文字も全部エドワード陛下が?」

 薄暗く遠くに落ちる雷と雨音だけが聞こえる部屋の中で、リリアーナは臆することなく、世間話を始めるように切り出す。


「…………」

 この状況で言い逃れは無理だと察した様子のエドワードは沈黙の後、静かに「……ああ」と答えてくれた。


「まあ、では頭上から花瓶が降ってきたあの時の出来事と、夜ご飯のスープに虫が入っていたのと、ネグリジェのポケットにカミソリの刃が入っていたのも?」

「なっ、すでにそんな目に遭っていたのか!?」

 反応を見るに、血文字以外の小さな嫌がらせに、エドワードは一切関与していない様子だ。

 どれもリリアーナにとっては、伯爵家にいた時にもされていた、とても些細な出来事でしかないので、騒ぎ立てもしなかったのだけれど。


「……ならば察しているだろ。キミはこの城に歓迎されていない。出て行け」

「エドワード陛下が、そこまでわたしを追い出したい理由は、皆さんが噂していた呪いの件が関係していますか?」

「なんだ、もう耳にしていたのか」

 メイドたちはこの話に触れた途端、青い顔をして逃げていってしまったが、エドワード本人は隠すつもりもないようだ。


「陛下の身近にいる人は、みんな死んでしまうって。もしかして花嫁も……今まで何人も死人がでているのでしょうか」

 その通りだとエドワードが頷く。


「今まで嫁いできた花嫁はキミを除いて四人。全員、長くてもって挙式の最中に、短ければ婚約してすぐ謎の死を遂げている」

 エドワードはもはや悲しむ心を失っているのか、淡々と告げた。


「それだけじゃない。オレが生まれてから、他の王族はみな次々と死んでいった」


 今、エドワードが亡くなれば、王位継承できる血筋の人間は全滅なのだと言う。

 女神の加護を受け、魔境と呼ばれていたこの地を浄化し治めていた血筋が途絶えてしまえば、恐ろしいことが起きるかも知れない。

 皆、口に出さずともその最悪の事態を恐れ、早くエドワードの後継者となる世継ぎをと、事情を知る者たちは願っているようだ。


 けれど、選ばれた花嫁は世継ぎを産むどころか、結婚式を終える前に皆死んでしまう。 それも原因不明の突然死で……

 それは確かに、恐ろしいなにかの呪いである可能性もあるかもしれない。


「原因は分からないが、オレは呪いが解けるまで妻を娶るつもりはない。だから、キミも死なないうちにオレの前から消えてくれ」


 冷たい目をして自分を追い出そうとする孤独な王の姿を見て、優しい人だとリリアーナは思った。


 無理矢理にでも死なない花嫁が手に入るまで同じことを繰り返すことは選ばず、身近な人間は皆死ぬという柵から、孤独を選んでいるなら健気な人だ。


「真実を知った今、こんな魔境に残る意味などキミにもないだろ?」

 まるで自虐のような言葉を口にしながら笑う彼の、苦しげな笑みを見た瞬間、リリアーナはこの国の五人目の花嫁として選ばれたことへの、使命感のようなものを感じた。


「……いいえ、エドワード陛下。今、わたしはこの国に留まる意味を見つけてしまいました」

 目の前にいるエドワードの両手をきゅっと握りしめると、彼は少し驚いた顔をした。


「あなたの背負っているモノを、わたしにも半分持たせてください。それが、わたしがこの国に来た意味のように思います」

「なっ!」


「わたしが、あなたの呪いの正体を突き止めてみせます。だから、それまでわたしを仮初めの花嫁にしていただけませんか?」

「…………」


 キミになにができる。そう言いたげなのは、エドワードの目を見れば分かる。

 心を閉ざし、全てを諦めてしまっているような彼の信頼を得るには、まず行動を示さなければならないのだとリリアーナは考えた。


「大丈夫、わたしは絶対に死にません」

「なにを根拠に……」

「明日、何事もなく式を終えることで証明してみせます」


 自信を持って言い切ったリリアーナを見て、さすがのエドワードも少し驚いた様子だった。


「もし、証明できたら信じてくれますか?」

「…………」


 エドワードはなにも答えなかった。

 ただ、もうこの城から今すぐ出て行けという言葉も発することはなく、部屋を出て行く。

 それを肯定と捉え、リリアーナは決意したのだった。


 明日、無事に結婚式を終えたらエドワードだけに、自分の秘密を打ち明けようと。

 それはリリアーナにとっても、リスクがあり勇気のいる内容だったけれど。

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