第7話
オリビアに準備を整えてもらったリリアーナが、そろそろエドワードの待つ王の寝室へ向かおうと立ち上がったところで、部屋にマーガレットがやってきた。
「あ、すれ違いにならなくてよかったです!」
彼女がなにを伝えにきたのか、リリアーナにはなんとなく察しが付いた。
「エドワード陛下から伝言で、今晩花嫁様は自室で休むようにとのことです」
(やっぱり……)
「まあ、そんな!」
マーガレットの言葉を聞いたオリビアが、一瞬だけ眉を顰めた。
城の主に表立って逆らうことはできないが、大切な初夜に花嫁を拒むなんてと内心思ったのだろう。
「エドワード陛下は、急なお仕事かなにかですか?」
念のためリリアーナが確認すると「いいえ」と隠すことなくマーガレットは首を横に振った。
「さっき、枕元に新しい水差しを用意して欲しいって頼まれたので、もう就寝なさるんだと思います」
「マーガレットさん!」
ここは嘘でも、急用だと伝えるべきだとオリビアが目に力を込め訴えていたけれど、マーガレットは気付かない様子であっけらかんとしている。
リリアーナの生まれ育った地域でもそうだったが、この国でも初夜に理由もなく相手を拒むのは、あまり礼儀としてよろしくないことのようだ。
「あの~、ではその水差しを用意するお仕事を、わたしにさせてもらえませんか?」
「え……」
そこで初めて、涼しい顔をしていたマーガレットの表情が僅かに堅くなった気がした。
「寝る前に、もう一度エドワード陛下のお顔が見たいので」
「そ、そんな! これは、わたくしが任されている仕事ですわ」
ムキになったマーガレットは、だがすぐに我に返ったのか険しい表情を引っ込める。
「すみません……でも、陛下のお口に入る物を用意するのを、他の人にはさせられません。エドワード陛下もきっと困ってしまうと思います!!」
「マーガレットさん、そんな言い方」
「わたしの配慮が足りなかったです。無理なお願いをしてごめんなさい、マーガレットさん」
確かに、国王の口に入る物を運ぶには、水だけといえ毒見を通したり、色々手順があるのだろう。それを任されているのは、信用のおける人物のみ。
マーガレットは、今エドワードにとって一番信頼を置いている人物なのかもしれない。
「分かっていただけたならそれで……それでは、わたくしはもう行きますね」
マーガレットは気を取り直したように一礼すると、エドワードが待っているからとリリアーナの部屋を出て行ったのだった。
「リリアーナ様……あの」
なんと声を掛けて良いのか、オリビアが気遣わしげな表情を浮かべている。
彼女が気に病むことは、なにもないのに。優しい人だ。
自分付きのメイドがオリビアでよかったと、リリアーナは内心で思いつつ、彼女に心配をかけないよう、今日はもう休みますねと伝え一人きりにしてもらった。
その方が、都合が良いから……
◇◇◇◇◇
部屋に水差しを持ってきたマーガレットに、リリアーナの様子を聞いてみると、特に変わった様子はなかったとのことだった。
それならいいが、とつぜん呪いが発動したらと思うと……正直、気が気じゃない。
「……エドワード様」
「ん?」
ぼんやりと窓辺で考え込んでいたエドワードが視線をやると、いつの間にか目の前まで来ていたマーガレットが、上目遣いでこちらを見ていた。
マーガレットは、名前を呼んでおきながら言葉を続けることもなく、暫し無言で見つめ合う形になる。
「どうかしたのか?」
「いえ、その……」
「なにもないなら、もう下がって良い。キミも早く休むといい」
「っ……は、はい。失礼致します」
なにか言いたげだったようにも見えたが、結局彼女はそれ以上なにも言うことなく、部屋を出て行った。
城の使用人たちが皆恐れ、自分に近づきたがらないなか、臆することなく世話係を受け入れ甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれるマーガレットには感謝している。
彼女の前に自分の世話係になった侍女数名は、皆謎の病にかかり辞めていった。そんな事情から、マーガレットも嫌々仕事を任されているのだと思い距離を取っていたエドワードに「わたくし、体が丈夫なことだけが取り柄なんです」と、マーガレットは無邪気に笑ってくれたのだった。
自分の呪いを恐れないのはマーガレットぐらいだと思っていたが……そんな中、まったく恐れた様子のないリリアーナが花嫁として現れた。
正直に言えば自分の花嫁に対し興味はある。
だが、それと同時に愛してから失う恐怖が過り歯止めが掛かるのだ。
自分はこのまま、生涯誰も愛することはなく一生を終えるのかもしれない。
「なにをお考えですか、エドワード陛下」
「ああ……っ」
花嫁のことを考えていたと思わず答えそうになったが、マーガレットを帰し一人のはずの部屋で、突然問いかけられた事実に気づいたエドワードが振り返ると。
「……なぜ、ここに」
「ふふ、今夜はお会いできないとのことでしたが、忍び込んでしまいました」
「忍び込んだって……」
いくら王妃とはいえ、エドワードの許可がなければ国王の寝室に易々と入り込むことなんて不可能なはずだった。それなのに……
「昨日の密談の続きをしましょう、エドワード陛下」
底が知れない、けれどどこか蠱惑的で興味を惹かれてしまう。そんな彼女の微笑みに、思わずエドワードは息を呑んだ。
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