第1話

「え……わたしが嫁ぐ? テリーゼ王国へ?」


 それは、まさに青天の霹靂。自分に縁談話が舞い込んでくるなんてと、リリアーナは瞬きをして驚いた。


 伯爵家の鼻つまみ者である自分が、異国の王家に嫁ぐ……?


「これまで貴様のような娘を屋敷に置いてやっていたんだ。その恩を返すと思って詮索はするな」

 蔑むような目をした伯爵が、先手を打つように言い放つ。

 いきなりの縁談話の理由は、どうやら聞いても教えてくれなさそうだ。


「分かりました」

 リリアーナが素直に頷くと、一週間後には荷物を纏めて出て行けと言われ、部屋を追い出されたのだった。




「テリーゼ王国……」


 リリアーナの生まれ育った国から大分離れ噂にも聞いたことのない国だったため、書庫に行って調べてみた。

 自分の嫁ぐことになった国だ。最低限の知識ぐらい身につけてゆくのが礼儀だろう。

 一国の王の元へ嫁ぐなら、普通は王妃教育はもちろんのこと、結婚の準備にはそれなりの期間を設けるものだと思うのだが、国に着いた次の日には結婚式を挙げるらしい。


 考えれば考える程にきな臭い話ではあるが、聞いても誰も教えてくれないだろうし。


 テリーゼ王国とは、かつて魔境の国と呼ばれていたぐらい、魔界につながる穴がいくつも開いていた危険な土地……そう歴史書には記されていた。


 現在は、女神の加護を持つとされる王家の血筋がその地を治めることにより、魔界との穴は全て封じられ、人々も平和に暮らしているとのことだが。


 予想通り曰く付きの国と言ってよさそうだ。

 魔界につながる穴が開いていた土地なんて、蝶よ花よと育てられてきたこの家のご令嬢たちが行きたがるわけがない。

 けれど、他国とはいえ王家からの縁談話にノーと返事ができる訳もない。


 そこでこの家のお荷物。曰く付きの娘と呼ばれてきたリリアーナの出番というわけだ。

 曰く付きの地に曰く付きの娘を嫁にやる。王家とのつながりは出来るし、厄介者は追い出せるし、伯爵家にしてみれば万々歳なのだろう。


 そう理解して、静かに本を閉じるとリリアーナは棚に戻した。


(魔境でもなんでも、まあ、いっか)


「ごはんがおいしい国だと嬉しいな」


 魔族なんてこの国ではおとぎ話の世界の存在だけれど、テリーゼ王国では今でも実在しているのだろうか。

 もふもふの耳や尻尾の生えた人獣とか? 人の生き血を吸う不老不死のバンパイアとか?


 もし、そんな存在が許されているなら、この国では忌み子といわれる自分のような娘でも、受け入れてくれるかもしれない。


 そんな淡い期待も含まれ、ちょっぴりワクワクしてきた。今から、未知の世界へ冒険に旅たつような気分だ。


 リリアーナは部屋に戻ると、そんな軽いノリで家を出る準備を始めた。

 といっても、虐げられてきたリリアーナには、嫁入り道具として持って行くものなどないのだけれど。


「あ、この本だけは、忘れないようにしなくちゃ」

 一番に鞄へ詰め込んだのは、今は亡き一代前の伯爵が母に形見の品だとリリアーナにくれた秘密の書。


 伯爵だった父とその愛人だった母の間に生まれたリリアーナ。

 母が他界した後、父は家族の反対を押し切りリリアーナを引き取り大切に育ててくれた。

 けれど大好きだったそんな父ももういない。この屋敷の実権は、年の離れた腹違いの兄が握っていて、リリアーナの居場所はどこにもないのだ。


 正直、この屋敷もリリアーナにとっては魔境のような場所だった。

 忙しい父の目の届かないところで、義母や義姉たちにいびられ命を狙われたことも一度や二度ではない。


 そんななかでも、父の愛情のおかげかおっとりマイペースに育ったリリアーナにとって、異国の地に嫁ぐことは、それほどストレスを感じる出来事ではなかった。




「わぁ、立派なお城!」

 見送りもなく乗った船に揺られて数日、テリーゼ王国についたリリアーナは、迎えの馬車に揺られ窓からの景色を堪能していたのだが、やがて見えてきた城に感嘆の声を上げた。


 魔境と聞いていたので、おどろおどろしい黒い砦や血だまりの赤い池などがあるかと思っていたが、そんなことはなかった。

 今日は天気も良くて、馬車窓から見える城下町の様子は、子供たちも元気に走り回り出店も賑やかで平和そうだし……もっと如何にもな魔界のような世界に嫁ぐイメージだったので、正直拍子抜けしてしまう。


 それから、城に着くと出迎えてくれた使用人たちに牙や角や尻尾がないか、思わずワクワクしながらさりげなく確認したリリアーナだったが。


(なんだ。普通の人間しかいないみたい)


「お待ちしておりました、リリアーナ様。お部屋へご案内いたします」

 淡々と使用人たちが、リリアーナの荷物を運び日当たりの良い室へと案内してくれる。


 赤絨毯の上を歩き見渡す限り、城の中も抜かりなく豪奢な作りとなっていたが、ただ一つ少しだけ気になることが……


(あ、また逸らされちゃった?)


 目が合うたびに、使用人たちはリリアーナから目を逸らすのだ。

 さりげなくお辞儀をする仕草をしたりしてごまかしているが、なんとなくよそよそしさと違和感を覚える。


 部屋に着いて、案内役のメイドにお礼を伝えても、やはり気まずそうに視線を逸らされてしまった。


(なんでだろう……)


「夕食の時間になったらお呼び致します。その時には、国王陛下もお見えになるはずです」

「あ、はい! お会いできるのを、楽しみにしています」

「そ、そうでございますか……」

「????」

 リリアーナの言葉に、メイドの表情が引き攣ったのを見て首を傾げる。

 なにかおかしなことを言ってしまっただろうか。


 まだ見ぬ自分の旦那様だ。会うのが楽しみなのは嘘ではないのに。

 年はリリアーナの二つ下の十八歳と聞いていたが、容姿もなにも分からない。

 数年前、父王を亡くし若くして王となって今に至ると聞いた。


 魔境の国王ならば、尻尾や獣耳など生えていたりしてなどと、密かに期待していたのだが、この国についてからどこにも魔族や魔物はいないようだし、きっと国王陛下も普通の人間だろう。


 そんなことを考えていたらウトウトとしてきて、リリアーナは長旅の疲れを癒すように夕食までの時間に少しの睡眠をいただいたのだった。

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