三章 山での攻防 後編 7

 ※※※


 それは遠い過去に、実際にあった出来事なのだろう。もう何時だったかはわからない。

 だが、あの家にいた頃である。場所は居間の食卓で、祖母が椅子に腰かけている。

 そこへ、幼い俺がたどたどしい足取りで、寄って行った。

 彼女も微笑みながら、そっと此方を抱き上げて膝の上に座らせてくれると、さらに頭を撫でてくれた。

 俺も祖母の方を見ながら、嬉しそうにしている。なんとなく、この時のやり取りが好きだったのは覚えている。

 「ヒルフェちゃん。」

 「なぁに?」

 「あのね。…貴方のお名前は、お爺ちゃんが付けようって言っていたのよ。」

 その時、祖母は決まって必ず同じ台詞を、

 「あの人は、…私達の子供が男の子ならヒルフェって名付けようって頑なだったわ。結局は女の子だったから、別の名前にしたけど、…その時はね、絶対こう言うの。」

 と、楽しそうに言っているのだ。この時は、特に何も思わなかったが、今考えれば相手はリキッドなのだと解る。

 その話には、俺も相槌を打ちながら、しっかりと耳を傾けていた。

 そうして祖母は、最後に一拍の間を置いた後に、

 「ヒルフェってね。救いと言う意味なんですって、…だから、貴方には将来、色んな人を助ける凄い人になってほしいんだって。」

 と、話を締めくくる。とても懐かしそうで寂しそうな雰囲気を醸し出していた。

 だから、幼い俺も「うん。」と頷いて返事をしていた。なんてない子供の同意だったが、祖母を元気づけようと、力強く決意した様な気がする。

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