秋を迎える

西野ゆう

あきをむかえる

 もう九月も半ばだというのに、僕は連日の暑さに参っていた。頭も常にぼんやりしている。今夜も気温は27度から下がらないらしい。


 秋はね、待っているだけじゃ来ないの。迎えに行ってあげないと。


 そう言っていたのは誰だろうか。迎えに行く。季節を迎えに行く。そんなことが可能なのだろうか。

 とりあえず僕は、薄暮の時間にスマホだけを手に秋を迎えに出掛けてみた。

 ネットで検索し、地図を片手に、写真を撮りながら。

 なるほど、秋の欠片は町の片隅に散らばっていた。これを集めることが「秋を迎えに行く」ということにもなるだろうか。

 手に取るのがはばかられる物でも、スマホの写真ならば手軽に「取る」ことができる。最低限人さえ写りこまないよう気を付けていれば。

 しかし、人というものは夢中になると視野が狭くなる。スマホのレンズ越しの画面が世界の全てであるかのように集中していれば尚更だ。

「あっ」

 つい声が出た。

「あ、いや、すみません。風景を撮るのに夢中になっていて。今のは削除しますので」

 顔は写っていない。スマホの中のメモリへ、もしかしたら何処にあるとも知らないクラウドという名の中の電気信号へ居場所を移した「秋」のひとつを消すと宣言した。しかし、指はゴミ箱のアイコンに触れるのを嫌がっている。

 立体的な模様編みの八分袖のセーター。晩秋の楓を思わせるエンジ色を基調とした緩やかなグラデーション。色落ちしていないインディゴブルーのジーンズは、膝の形を可愛らしく魅せるほどのスリムフィットだ。

「別に、良いですよ」

 僕はようやくそこで画面越しではなく、直接目の前の人物を見た。

「ああ、なんだよ。ビックリした」

 見知った顔だった。

 見知った顔だったが、それだけだ。ちゃんと会話したこともなければ、フルネームも知らない。

「何撮ってたの?」

「撮ってたっていうか」

 僕はその続きを正直に言うべきか迷った。だが、小首を傾げる彼女に僕の脳内の何かの信号が送らされて、僕の口は言葉を紡ぎ始めた。

「迎えに行ってたんだ」

「迎えに? 誰を?」

「誰っていうか、秋をね」

「え? 私を?」

 インディゴブルーのジーンズ。エンジのセーターのVネックから伸びる白い首。その上の顔もほんの少し秋の色に染まっていた。

 そうか。彼女の名前はアキだったか。漢字までは分からないが。

 僕はこれからつく嘘を、心の中の良心に詫びた。

「そうじゃなくて、季節の秋。なんだけど、今目の前に『秋』の代名詞みたいな人を見つけたから、写真、撮ってもいいかな?」

 本心は、ただ綺麗なアキを「取って」おきたかっただけだ。それ以外に理由はない。

「変なの。ま、別にいいけど」

 言葉では快諾しながらも、仕草は恥ずかしげだ。そんな仕草をされると、僕の身体も熱を持ってしまいそうになる。

「じゃ、どうしようかな。とりあえず逆立ちでもしてみる?」

 僕がそう言ってみると、アキは普段見せる笑顔を見せてくれた。

「逆立ちなんかできると思う?」

 その隙に僕はシャッターを押した。

 この世に完璧な笑顔があるとしたら、それは今僕の手のひらの上にある。

 熱を持った頬を撫でる27度の風が、僕にアキの薫りを運んできた。

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秋を迎える 西野ゆう @ukizm

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