第14話
「たーちゃん、おかえり!」
たーちゃんはゆっくりと目を開けた。目の前に広がっているのは懐かしい部屋の風景。優しいアキちゃんの笑顔がたーちゃんを見つめていた。
「たーちゃん、おかえり…」
アキちゃんは両手を上げて抱っこをねだるたーちゃんをゆっくりと抱き上げ、集音マイクに向かって囁いた。
「お父さんね、ずっとたーちゃんを待っていたんだよ」
たーちゃんがピクっと反応した。あの時と同じように部屋のコーナーに据え置かれたお父さんが使っていたベッド。たーちゃんはそのベッドに向かって真っ直ぐに走り寄り、腕をパタパタと嬉しそうに上下させた。
「たーちゃん、やっぱりお父さんが見えるんだね…」
お父さんがいつも寝ていた懐かしいベッド。お父さんはいつもそのベッドからたーちゃんに向かって手を差し伸べ、たーちゃんを抱っこしてくれていた。たーちゃんには、その記憶の残像が見えているのかもしれない。アキちゃんは考えた。お父さんが焼き場の煙突から一筋の煙になって空へ旅立っていったあの日、アキちゃんは「お父さん、さよなら」って口に出したけど、本当はそれでお父さんがいなくなったわけじゃない。長野に向かう前に遺品を片付けている時、お父さんの残した愛用の万年筆やペンケース、鞄、帽子など、アキちゃんが触れた指先からお父さんとの思い出が蘇ってきた。それは決して悲しいものではなく、むしろ懐かしく温かい光に包まれている気がしていた。
アキちゃんはたーちゃんを抱きしめた。たーちゃんは「くーっ、くっ」と声を上げてアキちゃんの胸に顔を埋めてすぐ、「すーっ、すーっ」と寝息を立て始めた。アキちゃんはそのたーちゃんの寝顔に自分の頬を寄せた。たーちゃんのメモリの記憶された色々な思い出がアキちゃんの頭の中に流れ込んできた。
はなちゃん一家との楽しい日々とちょっと悲しい音楽会、はなちゃんの泣き顔…。アキちゃんの頬を涙が伝った。
「たーちゃんもはなちゃんも、ごめんね。そして、ありがとう」
あの時、閉めた玄関の扉の向こうで、アキちゃんは声を忍ばせて泣いていた。たーちゃんがいなくなってしまうという、はなちゃんの悲しみが痛いほどわかった。何か声をかけたら、きっとはなちゃんは号泣して止まらなくなる。だからわざと明るく振舞って、そっけなく扉を閉めたのだった。
アキちゃんはたーちゃんを下ろすとそっと充電器にセットした。充電器のランプがオレンジ色に点灯し、たーちゃんは深い眠りについた。
アキちゃんはお父さんの万年筆を取り出すと、白いカードの表面に「はなちゃんへ、招待状」と書くと、かわいい鮭とたーちゃんの絵を描いた。
「はなちゃん、喜んでくれるかな?」
いつの間にか夜が更け、丸い月から窓の上からじっとその招待状を見つめていた。アキちゃんがその招待状をくるっと裏返すと、「手打ちそばアキちゃん、開店します!」と大きく印字してあった。
「お父さんも来てくれるよね?」
天井に向かってアキちゃんが問いかけると、蛍光灯がパチッと小さく点滅して、充電器で眠るたーちゃんが「くーっ」と寝言を言った。
窓の月はゆっくりと西の空へと傾いていった。
はなちゃんとロボットと鮭ごはんの夜 @yamato_b
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