第8話

「初めて二人で食事に行って食べたのも、結局鮭だったわね」

「うん。それからはほぼ毎日、ずっと食べているな。で、明日の朝食も?」

「もちろんよ」


 初めておとーさんとおかーさんが一緒にご飯を食べに行ったのは、忘れ物を渡したその日から一週間後の日曜日。木々が色づき、時折木枯らしが吹き抜ける晩秋の寒い日だった。

「寒いから温かいおでんでも食べたいね」と、映画館からの帰り道、おとーさんはおかーさんを誘って何度か通ったことのあるガード下の居酒屋に誘ったのだった。

「あら、いらっしゃい。お久しぶり。今日は彼女と一緒?」

 カウンターの向こうから、店の女将は笑顔でおとーさんに声をかけた。「彼女です」と言えず答えに困るおとーさんを尻目におかーさんは「はい。お世話になっています」とはっきりと答えた。女将はにっこりと笑うと「今日は何食べる? いい鮭が入っているよ」と言った。おとーさんはおでんに未練を感じながらも、「じゃあ、それで。あと、ご飯と味噌汁もね」と注文した。

「相変わらず下戸なんだね。彼女は? 何にする?」

「私も同じ物で」

「飲み物は?」

「温かいお茶ください」

「まいったね。二人そろって下戸かい」と言いながら、女将は網で鮭を焼き始めた。パチパチと鮭の脂がはぜる香ばしい煙が店内に立ち込める。空腹のおとーさんは思わずごくりと喉を鳴らした。

「はい、お待たせ!」

 目の前に出てきたのは、おとーさんが牛丼屋のバイトで出している鮭とはものが違う、分厚く皮がパリッと焼けた国産の紅鮭だった。釜で炊き上がったばかりのほかほかのご飯と合わせ出しが香るワカメの味噌汁がその脇を固めている。おとーさんとおかーさんの顔がほころんだ。

「こんなおいしいご飯をずっと食べられたら幸せだな」

「ずっと作ってあげましょうか? こんないい鮭は滅多に出せないけど」

「えっ…」

「結婚しちゃえばいいじゃない」と、女将が洗い物をしながらのんびりとした声で言った。

「二人ともお似合いよ。下戸なところもね。きっとうまくいくわよ。でもね、毎日二人でご飯を食べる時間を大切にしなきゃダメよ」

 二人は鮭とご飯を食べながら真剣な表情で女将の話を聞いていた。ただ、その食べ方は少しぎこちなかった。よく見ると、カウンターの下に伸びた二人の手がしっかりと結ばれていた。女将はそれを知ってか知らずか、「あんたたち、この日のことをずっと忘れちゃいけないよ」と言った。


「あれから大変だったな」

「ええ、そうね…」

 アルバイトをしながら大学を同じ年に卒業した二人は、就職2年後に結婚した。おとーさんは小さな商社、おかーさんは保育園に勤務した。その2年後、二人に長女のはなちゃんが生まれた。幸せいっぱいの家族だったが、その同じ月におとーさんの会社が倒産した。おかーさんは育児で産休。おとーさんは家族を守るため、給料の高い配送業の仕事に就いた。

 デスクワークから肉体労働へ。早朝から深夜まで、荷物を持って走り回る毎日。疲労が溜まり、家に帰ると会話をする間もなくご飯を掻き込み、そのままバタンと寝るだけの毎日が繰り返された。おかーさんと向かい合ってゆっくりご飯を食べる時間は失われていた。

 そんなおとーさんの毎日が変わったのは、家族型ロボットとの出会いがきっかけだった。

「おれ、人に大切なものを届けるっていう大切な仕事をしていたんだな。あの家族型ロボットを届けたときにそれを実感したよ」

 そう言うとおとーさんは、冷えた麦茶をごくりと飲んだ。

「何が何でも稼ぐためにがむしゃらに働いていたけど、家族型ロボットに出会った時、おれは何のために働くんだろうと思ったんだよな。それは家族みんなで楽しくご飯を食べるためなんじゃないかと。それからシフトを少し減らしたんだよな。稼ぎは少し悪くなったけど」

「十分幸せよ。あなたが鮭に飽きず、毎日美味しそうに食べてくれるから助かるわ」

「鮭が嫌いになったらバチが当たるよ」

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