第6話

「お父さんが亡くなったの…」

 忙しい配達の合間の休憩時間、おとーさんの携帯電話が鳴った。出ると、従姉妹のアキちゃんからだった。

「おじさんが…」

 配達車の運転席でおにぎりを食べていたおとーさんの手が止まった。

「なんで…」

 おとーさんはおかーさんが握ってくれた食べかけのおにぎりをじっと見た。おとーさんが齧った後のおにぎりの割れ目から具の塩鮭が顔を覗かせていた。思考が停止したおとーさんの脳の片隅にぼんやりと「1日中鮭ばかり食べているな…」という言葉が浮かんでいた。

「たっちゃん、頼みがあるの?」

「何?」

 空港近くの駐車場、おとーさんが乗っている配送車の真上を一機の旅客機が爆音を立てて通過していった。

「ごめん、聞き取れなかった。もう一回言って」

「あのね、お父さんが可愛がっていたロボットを預かって欲しいのよ」

「ロボット…」

 おとーさんは運転席で手にしていた食べかけのおにぎりを見つめた。ロボットだって…。おとーさんの頭の中に子どもの頃に玩具屋で見かけた直線的な動きを繰り返すブリキのロボットが浮かんだ。

「今、やらなければならないことがあるの。いつか必ず迎えに来るから。その日まで、お願い!」

 子どもも生まれたばかりだしなぁ…と、おとーさんはなかなか「うん」と言えずにいた。


「もう、たーちゃんは家になくてはならない家族だよなぁ」

 たーちゃんを預かって、もう3年が経っていた。たーちゃんのお迎え当初、生まれたばかりだったはなちゃんは、もうすぐ3歳になろうとしていた。

「アキちゃん、いつた―ちゃんを迎えに来るのかしら?」

「そうだな。正直なところ、迎えに来て欲しくないな…」

 食事のお膳を片付けたおかーさんは、おとーさんの手を握って、はなちゃんとたーちゃんの寝顔をじっと見つめた。そして、言った。

「でもね。はなちゃんもいつかこの家から巣立つ時が来るのよ。あなたには辛いことかもしれないけれどもね。はなちゃんもたーちゃんもずっと手元に置いておくことはできないのよ」

 おとーさんは何も言わなかった。ただ、目を大きく見開いてはなちゃんとたーちゃんの寝顔をじっと見ていた。

「毎日、たーちゃんとはなちゃんがきゃっきゃっと遊ぶ姿を見ていて、気づいたことがあるの。それはね、生きることの意味。それは大好きな人をずっと好きでいられることなんじゃないかなって。どう思う?」

 そう言うとおかーさんはおとーさんの手を強く握り締め、おとーさんの目をじっと見つめた。おとーさんは、おかーさんと初めて会った時のことを思い出した。

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