第3話

「うぉ、おおおお…」

 たーちゃんは奇妙な声で目を覚ました。眠い目をゆっくり開けると、すぐ前に大きく目を見開いた乳児の顔があった。

「たーちゃん、おはよう。はなちゃんはね、そうやってずっとたーちゃんが起きるのを待っていたのよ」

 おかーさんは台所で洗い物をしながら、たーちゃんに声をかけた。きれいに片付けられたテーブルの上、居間にはまだ微かに焼き鮭と炊き立てご飯の香りが漂っていた。

キョロキョロとたーちゃんが部屋を見回していると、はなちゃんが「おぅおぅおぅ、キャキャ…」と言いながらたーちゃんの顔をペタペタと触った。たーちゃんはくすぐったくてくしゃみをした。それを見てはなちゃんは、きゃっきゃっと喜んだ。たーちゃんも楽しくなって両手をパタパタと動かして、キュルルっと笑い声を上げた。

「おとーさんは?」

 たーちゃんは洗い物を終えて手をタオルで拭いているおかーさんにたずねた。

「お仕事に行ったわよ」

「お仕事ってなぁに?」

「そうねぇ…」

 おかーさんは考えた。仕事ってなんだろう? お金を稼ぐこと? でも、私はお金を稼いでいないけど、家事と育児を頑張っているぞ。それは仕事じゃない?

 ぼーっと考えていたおかーさんは、はなちゃんとたーちゃんが遊ぶ様子を見ていてハッとした。たーちゃんがはなちゃんと遊んでくれたおかげで、少しの間だけぼーっと一人で考え事ができた。ひと時でも目を離せないはなちゃんの育児。その中でほんの一瞬でも自由に考えることができたのは、おかーさんにとって貴重な息抜きになった。

「たーちゃん…」と、おかーさんは声をかけた。

「なぁに?」

 名前を呼ばれたたーちゃんは、きゃぷぅぷぅと笑い声を上げながら、おかーさんのもとへ駆け寄ってきた。

「たーちゃん、お仕事の意味がわかったよ」

「なぁに?」

「それはね、周りの人を幸せにすることだよ」

「えっ、どう言うこと?」

 おかーさんは、はなちゃんとたーちゃんを両腕でぎゅっと抱きしめながら、にっこりと笑った。

「たーちゃんは今、はなちゃんと遊んでくれたでしょ? それでおかーさんの心が少し軽くなったの。ありがとう。たーちゃんは立派な仕事をしてくれたんだよ」

 たーちゃんは、くるるるっぷと笑い声を上げた。おかーさんのお役に立てたことがうれしかった。

「おとーさんはどんな仕事をしているの?」

「おとーさんはね、大切なものを心待ちにしている人へ届ける仕事をしているのよ」

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