最終話

 マークちゃんによるキスの雨は、サジタリウスから宇宙船がやってくるまで続いた。


 どうして、ブラックホールから脱出できたのかはわからない。


 ただ、スミスさんが言うには超大質量ブラックホールでは、通常のブラックホールに比べてゆっくりと重力が働く。すぐにぺしゃんこになって原子レベルに分解されるってわけじゃないのだとか。


 そして、ブラックホール内で何が起こっているのかはわからないそうだ。


「入って出られた人はいなかったからね。どんな感じだった?」


「どんな感じだったかって言われても……」


 虚無を体現したかのような真っ暗な世界。そこでわたしを出迎えた私を成長させたかのような女性。


 体験したすべてを聞いたスミスさんは「時空の歪みだろうか……実に興味深い」と研究意欲を燃え滾らせていた。とはいえ、数か月が経っても何もわからなかったみたいだけども。


 わからなかったといえば、マークちゃんが正常になった理由もよくわかってない。あの女性の通りフリーズしたのは間違いない。でも、どうやって?


 わたしの声が聞こえたって言ってたけど、そんなんでフリーズしたらアンドロイドだってたまったもんじゃないだろう。


 ま、でも、それのおかげで宇宙を救うことができたんだから、よしとしよう。



「やあやあ。遠路はるばるよく来たねえ」


 おばあちゃんみたいなことを言うのは、因縁の相手である。


 約一か月に及ぶ精密検査の結果は異常なし。ということで病院を後にしたわたしとマークちゃんは、銀河連合の人類保護プログラムを担当しているという組織のある建物へとやってきていた。


 すでに、クウさんから話は伝わっていたらしく、あいつがいるという建物の最上階へと案内された。


 で、会って開口一番、そう言われたってわけ。


 途端、忘れていた怒りってのがむくむく顔をもたげてきた。


 わたしは返事をろくにせず、女に近づいていった。目の前まで行くと、彼女はわたしより小さいか同じくらい。不安とかそういったものがない顔だ。瞳は研究者にありがちな好奇心がチカチカ瞬いている。


 ぷっくらとした頬めがけて、わたしは平手をお見舞いしてやった。


 パチン。


 気持ちいい音が響くと同時に、ヒリヒリとした衝撃が手のひらに広がるのを感じた。


 ぶたれた女性が、赤くなった頬を手で押さえている。その目には好奇心に代わって、困惑の色が浮かんでいた。


 ざまーみろ。


 そう言ってやろうと、地球にいたときは思っていた。でも、今はそういう感情はなかった。


 怒りはほとんどない。ただ、ある種の区切りとして、女性を殴ったに他ならない。彼女にとっては災難だったに違いない。


 でも同時に、彼女がいなければ、わたしは生き返らなかった。


 マークちゃんと出会うこともなかった。


「生き返らせてくれたことには感謝してる」


 じゃあね、と言い残して、わたしは女性に背を向ける。マークちゃんがわたしのあとを追いかけてくる。


「よかったんですか?」背後を振り返りながらマークちゃんは言う。「怒ってるみたいですけど」


 あいつの狂乱したような声は、わたしの耳にもばっちり届いていた。「暴力反対!」だとか「野蛮人」だとか「地球人は絶対に連合に入れさせてあげないんだから!」とかなんとか喚き散らしている。


「いいのよ、言わせとけば」


 わたしの言葉に、マークちゃんは何事かを考える。そして、わたしの腕に抱きついてきた。


「ちょっと」


「ワタシも勝手にさせていただきます」


 唖然とするわたしに、マークちゃんがにこっと笑う。


「これからも自爆するかもしれませんけど、よろしくお願いしますね?」


 天を見上げれば、彩りゆたかな星々から、七色の光が降り注いでいた。

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生き返ったと思ったら、かまってちゃんなアンドロイドを押しつけられたあげく、自爆するって脅されてるんだけど!? 藤原くう @erevestakiba

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