第45話

 爆発は訪れなかった。


 確かに、ゼロという単語は無線のオープンチャンネルに響きわたっていた。


 だけど、宇宙は平穏を保っている。


 どこまでもどこまでも広がり続ける宇宙の中の銀河もまた、存在が消えてなくなるとかそういったことはない。


 わたしという意識もある。


 目の前にはマークちゃんがいる。


 瞳に幾千幾万の星々の光を映り込ませたマークちゃんが、そこにはいた。


「ありがとうございます」


 マークちゃんが言葉を発する。機械じみたフラットで感情のない声ではない。人と何ら変わりのない温かみを持った言葉だった。


「あなたの言葉、確かに届きました」


「そう」


「はい、頭が真っ白になっちゃいましたよ」


 フリーズが行われたのか、ブービートラップってプログラムのせいなのか。


 そんなのはどっちでもいい。


 いや……そんなのはどうでもいい。


 前のマークちゃんが戻ってきた、それだけでいいじゃない。


「ワタシのこと、好きですか」


 マークちゃんがじっとわたしのことを見つめてくる。その視線の強さ、想いの強さにわたしは顔を背けてしまいそうになる。


 でも、それじゃあいけないような気がして、わたしはじっと見つめ返すことにした。


「好きよ……友達として」


「友達として」


「ええ。それ以上でもそれ以下でもない」


 声が上ずっていたり、変なアクセントしてたりしてないだろうか……。ちょっと心配だけど、何も言わない方が、余計な想像をさせてしまうような気がする。


 ちらとマークちゃんの様子を窺えば、赤くなった頬に手を当てていた。宇宙服を身にまとっていないマークちゃんの感情は手に取るようにわかった。


 逆に、わたしがどう思ってるのか、向こうからは声とかで判断するしかないに違いない。……ヘルメットがあるおかげで、トマトみたいになってる顔を見られずにすんだ。


 しばらくの間、マークちゃんは喜びに打ち震えてるみたいに、もじもじしていた。


「今はそれでいいです」


「今はってどういう意味よ」


「あなたにはもーっとワタシのことを好きになってもらいたいです」


「はあ……もっとって言われても」


「――時に女性に興味はありませんか」


「い、いきなり何の話?」


「ワタシは好きです。あなたのことが誰よりも何よりも」


「知ってる」


「あなたにも同じくらい好きになってほしいなって」


 マークちゃんが近づいてくる。もとより距離は近かったから、その端正な顔が視界いっぱいに広がった。鼻先なんか、今にもヘルメットのカーブに触れちゃいそうだ。


「ち、近いわ」


「ワタシの心はもっと近いです。なんならチューしたいくらい」


「チュー!?」


 マークちゃんが楽し気に笑う。わたしの反応がいちいち面白いみたいだ。……わたしからしたら全然面白くないんですけど。


 とか腹を立てていたら、マークちゃんがゆっくりと目を閉じる。はて、何をするつもりなんだろう。


「あのー、どうして唇を近づけてくるんですかねー」


「誓いのチューというやつですよ、ご存じありませんか?」


「ご存じだけど、女性とするものとは聞いたことないなあ」


「今は多様性の時代です」


「くっつけてくんな! 唇突き出してくんなっ!」


「あなたもわたしのことが好きなんでしょう。チューしましょーよ」


 ねーってばと言いながらマークちゃんが、抱きついてくる。ヘルメット越しなんだから、別に逃げなくてもいいような気はするけども、唇を付け狙ってくるマークちゃんはめちゃ

くちゃ気持ち悪い。


「もー! マークちゃんなんて大っ嫌いだよーっ!!」

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