第41話
「いいわけないじゃない!」
声が響いた。
なに……? めちゃくちゃうるさいんだけど。
ってか、寝てるのを邪魔しないでほしい……。
わたしは睡魔に身をゆだねようとした。体はだるくて重い。しかも熱っぽくもあった。これは風邪だ。寝たほうがいい。
パシン。
頬に焼けるような痛みが走った。
「いった……なにすんのよ!」
目を開け、頬をぶってきやがったやつを見る。そいつは女だった。マークちゃんを押し付けてきた因縁の女ではなく、クウさんでもない。
しいていうなら母に似ていた。でも、母にしては若いし、おばさんよりも若かった。それに、わたしには姉はいない。
「ど、ドッペル……」
「だとしたら、貴女と私は一つになって死んじゃうわね」
確かにそうだった。
「ここはどこ」
わたしは、腕を組んでいる白衣の女性から目をそらして、あたりを見回す。
一面真っ黒だ。宇宙の闇とも違う、真の暗闇の中に、わたしと女性は立っている。
落ちることも浮かび上がることもない。いや、比較できるものがないから、そう思うだけで、実際は落ち続けているのかもしれない。
そして、わたしたちのほかに、人の姿はなかった。
「マークちゃんは、マークちゃんはどこに」
「彼女ならまだ生きてるわ」
「まだって――」
「黙って」
睨みつけるような目線がやってきた。見下すような視線に、うぐっ、と声が出た。どういうわけか、反抗する気力がわいてこない。
白衣を翻し、女性は数歩歩く。尻ポケットからタバコを取りだしたかと思うと。
「吸う?」
「いや、わたし未成年だから」
「知ってる。これ吸うと早く死ねるからおすすめ」
「死ぬために吸ってんの? 変わってるわね」
「自殺したやつに言われたかないわよ」
わたしは、女性を見た。「どうして自殺したこと知ってんのよ」
返事はなかった。女性はつまんだタバコにライターで火をつけると、ぷかぷか煙を吐き出す。
「ここは、ブラックホールの中。どうしてこうなったのか、アンタ、覚えてるでしょうね」
「……マークちゃんが捨てられるから」
「一緒に飛び込んだ、と。自殺行為ってのは……わかってたっけか」
女性はやれやれとばかりに首を振る。
「死にたかったのよ。悪い?」
「いや別に。勝手にすれば」
「じゃあ、ほっといてよ」
「まあ、本当ならそうすべきなんだけどさ。なんつーか、助けられるってなら助けたくなるじゃないの」
「はあ?」
「わからないだろうから、説明はなし」
立ち上がった女性は、わたしの目前までやってくる。煙草をくわえた姿は、やっぱりわたしに似ていた。
「ここは超大質量ブラックホール。その中は、ありとあらゆる時が混在した空間」
「意味わかんない」
「わからなくていいし理解する必要もない。ただ、そうなってるってだけ。とにかく、そのおかげで私はアンタに干渉できた」
女性がふうと煙を吐き出して続ける。
「いい、私がここから出してあげる」
「そんなことできるの」
「できる。今の私ならね」
「理由は? 見ず知らずのやつが、こんなわたしを助けてくれる理由がないじゃない」
何もできないわたしを、誰が助けるっていうんだ。
と、紫煙がわたしへと吹いてきた。甘ったるくも喉に突き刺さるような臭いに、思わずむせてしまう。
女性を睨みつければ、向こうもまたわたしのことを睨んでいた。
「うじうじすんの、やめてくれないかなあ。目障りなんだけど」
「なに……」
「自分が死ねばいいって思ってる節あるよね、アンタって」
「そんなこと」
「両親にバカにされてたからって自殺するこたあなかったんじゃない」
「あんたに何がわかるっていうのよ!」
感情が喉からあふれ出した。叫んだ言葉はどこまでも響いていく。それでもわたしの気はすまなかった。
燃え滾るような感情が、わたしを突き動かして、目の前の女をぶん殴っていた。
女はよけようともしない。目を閉じようともしていなかった。
肉と肉とがぶつかる音がした。
腕に痛みが走って、わたしはよたよたと後ずさる。
「いいパンチじゃない。それをあいつにも食らわせなさい」
「あの女のことを言ってるの……」
「そ、あいつのせいで、アンタはここまできた。ってことはアイツのせいと言っても過言じゃないでしょうよ」
「そうかも」
女性がはじめて笑う。わたしもつられて笑ってしまった。
「アンタ、最初っからそうすりゃよかったのよ」
「何を?」
「気に入らなかったら暴れりゃよかったの。素直に、わがままにさ。……まったく、私に似てお行儀がよすぎるんだから」
「お行儀がいいってギャグかなんかですか」
「言うじゃない」
タバコをそこらへんに投げ捨てた女性が、わたしの頬をつかんでむぎゅーっと伸ばしてくる。シンプルに痛い。
「あんま我慢しすぎないこと。嫌だと思ったら、嫌って言う。気に食わないならぶん殴ったっていいわ」
「最初から……」
「実の親に対してやってもいいのよ?」女性がニヤリと笑った。「あの表情みせてやりたいわね」
「あんたはいったい」
「おっと、もう時間らしい」
女性がわたしから離れて、ポケットから何やら装置を取りだした。
「あ、ちょっと。あんたの名前――」
「私の名前なんてどうでもいいじゃないの。いつかわかることだし」
それよりも、と女性は言葉を続ける。
「ブラックホールを出たら、マークちゃんを再起動するの」
「再起動……?」
「そうすりゃ自爆プログラムは停止する」
「本当っ!?」
「マジマジ。彼女はアンドロイドだから、再起動の手段もちゃんと用意してあったのよ」
「でもどうやって」
「うなじのあたりにボタンがある。所有者がそこを押すことで、再起動が行われる。そうしたら、ハーリーが仕組んだブービートラップも消去されるでしょう」
「ブービートラップ?」
「シルバーゴースト号に遅効性のプログラムを仕込んでおいたのよ。アンドロイドが船と接続した際に自動的にダウンロードされるようにね。もっとも、自爆するとは考えてなかったでしょうけども」
「……あいつのせいだったのか」
「そ。でね、そのプログラムってのがやっかいで。再起動プログラムを消去させている可能性があんのよねー」
「その時はどうすりゃいいのよ」
「うーん。わかんない」
「わかんないって」
「フリーズさせりゃいいんだけどね。その方法までは見つからんのよ。だって、マークちゃんってば当時の戦略兵器だったんだぜ? 規定方法以外ではおてあげ」
「そっか……」
「まあ、そういうことだから」
言って、女性はポケットから謎の装置を取りだした。
「え!? 急すぎ――」
わたしは、謎の装置のボタンを押そうとする女性を、止めようとした。でも、女性は聞いちゃくれなかった。
――マークちゃんをよろしくね。
一方的に放たれたそんn言葉がひどく悲し気に響く。
しかも、その理由を尋ねることはできなかった。
装置のボタンはすでに押し込まれており、わたしは違う場所にいたからである。
満天の星空に囲まれた、宇宙へ。
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