第39話

 超大型縮退炉「サジタリウス」


 銀河の中心に位置するという超大質量ブラックホールと、その周囲をぐるりと取り囲むコロニー群すべてがサジタリウスというらしい。


 わたしが思い浮かべる縮退炉とは違い、その炉はブラックホールの回転エネルギーを利用してるらしい。そもそもブラックホールが回転してるのだってはじめて知った。その先のことはもっと複雑になる。ゴミを入れて返ってきた容器を受け取るとエネルギーが得られるらしい。なにがどうなってそうなるのやら。わたしにはとんと見当もつかなかった。


 そんな実験都市的な場所の一画へとBMー02は滑り込んだ。


「ここにマークちゃんはいるはずだよ」


 言いながら、スミスさんは宇宙船から飛び出していく。わたしもそれに続く。


 格納庫を出て通路へ。重力がかなりかかっているのか、体がずっしりと重い。


「結構な質量のブラックホールだからねえ。遠いとはいえ、きついよね」


「このくらい平気よ」


「よし、その意気だ」


 スミスさんが笑いかけてくる。わたしはなんとか笑みを取り繕った。表情筋を動かすことすら難しいんだ、こちとら。


 やっとのことで動くわたしに比べて、スミスさんは野をスキップするかのように軽く歩いていた。それにマークちゃんがどこにいるのかわかっているのか、その足取りに迷いがない。


「詳しいんですか」


「ここで研究を行っていた時期もあるからさ」


「マークちゃんの場所はどうして?」


「直感……というよりも、一番安全そうな場所が一つしかないからそちらへと向かっている感じだね」


 一番安全そうってどういうことなんだろう。


 そんな疑問を抱きながら、足と手を動かして、前へ進む。




 そこには第五廃棄室の文字があった。


「ここなの……」


「ここはブラックホールに一番近く、周囲を他のコロニーに囲まれている。外敵から一番狙われにくい場所というわけだ」


「なるほど」


「もっとも、そういった理由から選ばれたわけじゃなさそうだ」


「どういうこと?」


「一番ブラックホールに近いってことは、早く手放せるだろう?」


「…………」


「すまない」


 申し訳なさそうにスミスさんが言った。別にいいわ、と返せば、スミスさんは逃げるように第五廃棄室の扉を叩き、中へと入っていった。


 何事かの話し声が聞こえてくる。兵士の怪訝な声と、驚くような声。そんな声を耳にしながら、わたしはゆるく弧を描く廊下の窓に目を向けた。


 すぐ近くに真っ黒な球体が浮かんでいる。ブラックホール。何もかもを吸い込んでしまうという星は、宇宙の黒目のよう。その中へと、小さな物体が吸い込まれ、戻っていく。そうやってエネルギーを生み出している。


 ということはあの中に吸い込まれて、原子以下に分解されるってことはないのだろうか?


 マークちゃんが粉々になって消えるところを想像すると、頭が痛くなってきた。胸がカッカと燃え上がるようなムカつくような……。


 どうしてそう感じているのか、わたしもわからなかった。


 だけど、このままじゃよくない。そんな気がする。


 遠近感に乏しいのっぺりとした黒の球体を、わたしはしばらく見ていた。

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