第36話

「マークちゃんって有名なの?」


 長い通路を歩きながら、わたしはスミスさんにたずねた。


「有名という言葉の意味にもよります」


「どういうこと」


「悪名高いという意味ではその通りってことですよ」


「悪名……」


「といっても、噂程度のものですよ。曰く宇宙をリセットさせる能力がある。曰くかわいらしい見た目をしているが悪魔みたいな性格をしている。曰く重い。曰く……」


「もういいわ。よくわかってる人なんていないってわけね?」


 わたしの問いかけに、スミスさんが頷いた。


 でも。


「あいつは――人類保護プログラム担当の女は、結構知ってそうだったけど」


「あの方は別なんですよ。アンドロイド研究に熱を上げてる人で……」


 そこで、スミスさん、妙に苦々しい顔つきになる。もしかしたら顔見知りなのかもしれないけれど、込み入った話っぽいので深入りはしない。


「そうじゃなかったら、今ごろ研究者として名をはせていたでしょうに。残念です」


「研究者じゃないのあいつ」


「どちらかといえば考古学者に近いでしょうか。古代のアンドロイドを発掘して、それを研究して悦に入っている奇特な女性ですよ」


「結構言いますね」


「あ、本人には言わないでください」


 少し気恥ずかしそうにスミスさんが言う。やっぱり顔見知りらしい。


 わたしはマークちゃんを肘でつつく。


「有名人みたいでよかったじゃない」


 わたしは黙って歩き続けるマークちゃんを和ませるつもりで言ったんだけど、上の空な返事がやってくる。聞いちゃいない。


 ただ歩いている。黙々と歩いているという感じで、その姿自体にはなんの文句もないんだけど、妙に不安な気持ちになった。


 いっつもはしゃいでるやつが途端に静かになった。


 何か悪いもんでも食べたのかそれとも……。


 それを考えると、心にもやがかかったみたいにどんよりしてきた。


 頼りの綱はスミスさんだったけども、照れくさいのか彼までも黙ってしまって、あたりは静けさに包まれる。心地の良いもんじゃなくて、いたたまれなくなってしまうたぐいのやつ。


 早くその理事長とやらがやってこないだろうか。


 そう願っていたら、扉が見えてきた。



 その扉は先ほどのものと比べると、大したことがない。ありふれた木製の扉だった。大きさだって人くらいだし、チョコレートみたいな文様は実にシンプルだ。


「この先に理事長がいらっしゃいます」


「はあ」


 そう言われても困るというか。覚悟でもしろってことなんだろうか。向こうにいるのは、どんな魑魅魍魎かわかったもんじゃないから?


「ちなみにどんな方なんですか」


「それはあってからのお楽しみ、ということでどうか一つ」


「…………」


 覚悟しても無駄じゃん。


 スミスさんは咳払いを一つすると、コンコンコンと扉を三回ノック。向こうから、はあい、という声が聞こえた。今思ったけど、銀河連合に勤めている生物はたいてい、地球人の認識に合わせてくれるんだ。覚悟すらムダだったというわけか……。


 さて。


 扉がスミスさんの手によって内側へと開いていく。


 理事長室がその姿を、わたしの前へと曝していく……。


 そこに広がっていたのは、ありふれた部屋であった。いやわたしにとってはそうじゃないんだけど、めちゃくちゃ既視感のある部屋っていうかおじいちゃんちにこんなんあったなあって部屋だったんだ。


 そこに広がっていたのは、四畳半の和室である。


 わたしは開け放たれた扉の前で目をパチパチパチパチ、何度も何度も瞬きしていたと思う。


 瞬きをやめて、目の前の景色を受け入れることにする。


 四畳半のそれほど広くはない部屋には物がほとんど置かれていない。理事長というえらーい人がいるにしてはあまりに寂しすぎる部屋だ。


 よく見ると、畳の敷き方が普通とは違う。通常四畳半の畳の敷き方は、正方形の半畳を隅っこへ押しやるように配置する。

 

 でも、ここは違う。真ん中にでーんと半畳があり、風車のように一畳が四枚置かれているのだった。


 そして、そこまで部屋を観察し、最後に気が付いたんだけど。


 奥の方に人影があった。その人影がゆらりとこちらを振り返る。その動きは幽霊のように存在があやふやで、なんかの見間違えかと思うほど。


 そこに女性は確かにいた。


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