第35話


 マークちゃんとのビミョーな隔たりを感じながらも、わたしはどうすることもできなかった。意識すればするほど、ぎくしゃくとする関係。話せば話すほど、追いかければ追いかけるほどに離れていくさまは、蜃気楼みたい。


 そうこうしているうちに、宇宙船は銀河の中心へとわたしたちを運んでいく。ジャンプすればするほどに、星の瞬きは数を増やし、強まっていく。無数の惑星が姿を現しては流れ去っていく。その数は太陽系の比ではない。太陽系が田舎って言われちゃうのも納得だ。


「燃料は入れなくてもいいの?」


「縮退炉は従来のものよりもエネルギー効率に秀でてますから。それに、何を入れてもエネルギーになります。補給の必要はほとんどありません」


 そういうことで、漆黒の宇宙船は、宇宙の闇に現れたり消えたりした。まるで潜水艦が浮上したり潜水したりを繰り返すような感じだ。


 だから、あっという間に銀河の中心地までたどり着いたのだった。



 銀河の中心に位置するアルカピア星系は、アルカピアという恒星を中心としている。アルカピアは青白い光を放つ星――地球でいうところの太陽みたいなものである。だから、命ある生物が住まうには熱すぎる。


 恒星の周りを取り囲むように、無数の球体が浮かんでいる。大きさは月くらいだろうか。あれ一つ一つが銀河連合の生み出したコロニーなのだそうだ。なんちゅーあぶなかっしいところにあるものだろう。


「あれは恒星からのエネルギーを最大限享受するためですね」


 スミスさんが、飴玉のようなコロニーの一つを指さして説明する。


「恒星って寿命があるっていうけど、大丈夫なの……」


「ああ、その時は遷都するんでしょうね。ただ、ブラックホール技術が進展したら、巨大なブラックホールとして運用するのも面白いかもしれません」


 なんでも吸い込んで食っちまうというブラックホールの近くになんて、あんまり住みたくないなあ。


 なんてことを話していたら、恒星に一番近いコロニーへと宇宙船は近づいていく。


 それほど大きくはないシンプルな灰色の球体には、一つだけ入口がある。その中へと宇宙船は入っていく。


 エアロックの先には港があった。


 巨大な港の中には、いくつもの宇宙船が泊っている。そのどれもが、黄金やら赤やら紫やらの装飾が施されている。武器も見るからに強そうな砲台がついており、ほかの宇宙船とは一線を画するってのは、門外漢なわたしにもわかった。


 宇宙船が着陸すると、どこからともなく誰が言うまでもなく人が集まってきた。


「さて行きましょうか」


「ここは……」


「銀河連合の最奥、理事会のあるコロニーですよ」



 宇宙船の扉を抜けると、わたしたちを銀河連合に属している人たちが出迎えた。


 両側に分かれて立つ姿は、卒業式で在校生の間を歩くのと似ている。その時と違うのは、出迎える人たちがいかめしい顔をしてるってところで、くすぐったさを感じるのは一緒だった。


「今のは?」


 わたしは隣を歩くマークちゃんに声をかけた。


「えっと、確か理事会が有する戦力じゃないでしょうか」


「その通り。彼らは銀河連合理事会直属の兵士だよ」


「ふーん」


 兵士には興味はなかったけれど、銀河連合を率いる理事会の親衛隊ってだけあって、なみなみならぬ迫力を感じる。戦闘を視野に入れた頑丈そうな宇宙服には瀟洒な装飾が施されており、ただの戦闘部隊ではないということを誇示しているようでもあった。


 そんな彼らが敬礼をして待つ間を歩くのはひじょーに緊張した。トラの前を歩いてるような気分になる。


 兵士の間を会釈しながら進んでいく。先導するのはスーツ姿のスミスさん。その後にわたしとマークちゃん。その後方少し離れるような形で兵士の何人かがついてくる。たぶん、護衛兼お目付け役といったところなんじゃないだろうか。


 わたしたちは惑星の人々を救った英雄――自分で言うの恥ずかしいな――だけども、彼らにとって外部の人間には違いない。わたしなんか地球っていう辺境からやってきてるんだし。


 シンと静まり返った通路を歩いていく。ふかふか絨毯が敷かれた通路には、人の姿はほとんどない。あるのは、後ろからついてくる人たちと同じ兵士くらい。


 と、正面に大きな扉が見えてきた。天井にまで届かんばかりのその扉には、何やら文様が刻み込まれていたけれど、わたしには到底理解できるものではなかった。


 扉の前には兵士が二人いる。門番ってやつで、彼らはスミスさんと一言二言話をする。それから、何かを取りだした。


「少しお待ちください」


「な、なに」


「危険物を所持してないか確認するのさ。理事長は命を狙われることも多いから」


 なるほど、とわたしは返事する。とはいえ、妙ちくりんな機械の前に立たされるというのは、いい気持ちはしない。


 その装置は、ニューラーイザーに似ていた。記憶でも消されるんだろうか。緑色の光が照射されて、わたしの体を舐めていくけども、両親とのケンカの日々はなくなってはいなかった。ホッとしたような残念だったような。


 光はマークちゃんの方へと向けられた。


 途端、すっごい大音量のビープ音が鳴り響く。驚いてそちらを見れば、緑だった光が真っ赤に染まっていた。


 それを見た二人の兵士は、サッと腰の銃を向ける。緊迫した空気があたりを包み込んでいく……。


「ちょっとお待ちください」


 兵士とマークちゃんの間に、スミスさんが割って入る。


「彼女はアンドロイドです。それも、エンドマーク」


 エンドマーク?


 兵士二人は揃ったように怪訝そうな声を発した。だけども、その表情が一気に青ざめていく。


「あの、世界を破滅させるというアンドロイドですか!」


「ええ。そちらの地球人の言葉によれば、人類保護プログラムの一環で、彼女に進呈されたようですよ?」


 ざわざわざわざわ。


 兵士たちの間でどよめきが走る。振り返れば、背後の兵士たちも驚いたようにわたしとマークちゃんを見ていた。露骨に距離を取ろうとするやつもいて、なんだか滑稽だ。


 動揺していた兵士たちは、何事か語り合っている。独り言のように見えるけども、たぶん無線かだれかで偉い人にお伺いを立てている。少しの間、兵士は話していたけども、ついには。


「ど、どうぞお入りください」


 震えたような声を上げながら、扉を開けてくれた。

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