第30話

 BH-02という文字が白字で書かれただけのその宇宙船は、墨汁をぶっかけられたみたいに真っ黒で、最初、どんな形をしているのかわからなかった。よくよく見ていれば、矢じりのような形をしているとわかったけども、どーにもわかりにくい。


「ほかの機体みたいに派手じゃないのね」


 わたしは、ハーキスの機体だったりシルバーゴースト号だったりを思い返しながら言う。


 スミスさんは苦笑して。


「こいつは試作機なんですよ」


「……そんなのに載せようっての?」


「この状況下で使用できるのがコイツしかいないので」


 言いながら、スミスさんは機体へと近づいていく。機体には無数のメカニックが群がって、何やら整備を行っているらしい。その人たちへ話しかけに行ったらしい。


 わたしはしばらく眺めていて、気が付いた。

 

 マークちゃんがやけに静かだった。いなくなったんじゃないかってぐらいおとなしい。いつもだったら、ゴールデンレトリバーかってくらい抱きついてくるくせに。


 隣を見れば、マークちゃんは呆けていた


「どーしたの」


 わたしが聞いても返事がない。顔の前で手を振っても一緒。まるで魂が抜けちゃったみたいに反応がなかった。


「ねえってば」


「あ、は、はいっ。なんですか」


「いや、なんですか、じゃないよ。なんかぼーっとしてたけど」


「してました?」


「電池切れたおもちゃみたいになってたわよ」


「ええっ、そんな感じしなかったけどなあ」


「ぶつけたときにどっか壊れたんじゃないの?」


「そんなことはないと思いますけど……」


 マークちゃんはしきりに首をひねっていた。言葉通り、自覚はないらしい。


 わたしは小さくため息。そんなんで大丈夫なんだろうか。


「それより、ワタシをお呼びでしょうか?」


「あの宇宙船、コラプサー級っていうんだけど、知ってる?」


 マークちゃんの眠たげな瞳がピカピカと光る。


「名前だけは存在してますね。どうやらペーパープランのようです」


「ペーパープランってなに?」


「設計図みたいなものです」戻ってきたスミスさんが答えた。「到底不可能だと思われるものを特に指しますね」


「でも、そこにあんじゃない」


 わたしは濡れ鴉みたいにテカテカしている宇宙船を指さす。


「全くです。……実は隠れ蓑なんですよ、それ」


「あーなるほど?」


 ペーパープランという形で記録に残すことで、あえて不可能なことにする。そうすれば、造船していることを隠ぺいできる……ってことなんだろうか。


 スミスさんはわたしの考えに頷いた。


「ですので、口外はしないでください。したら、大変な目に遭いますよ」


「……死んでもしゃべらないわ」


「ありがとうございます」


「で、この船に乗ればいいのよね?」


「はい。これで銀河の中心までひとっとび、というわけです」


 わたしは再度、その宇宙船へと目を向ける。


 これで本当に銀河の中心まで行けるのかしら。心配になってしまうほどに、ふつーの宇宙船であった。

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