第25話

  チン。


 トースターが甲高い音ともに、こんがりと焼けた食パンを吐き出した。出てきた二枚を皿にのせて、わたしはテーブルへと向かう。


 テーブルには、すでにマークちゃんが座っている。うつむいていて、その表情は見えない。


 小麦の焦げた匂いをただよわせる皿をテーブルの真ん中に置いてから、わたしは座った。


 ちらり。マークちゃんが顔を上げる。目と目が合ったのは一瞬のこと。次の瞬間には、ふにゃふにゃとした視線はわたしをそれて、傷一つないテーブルへと向いた。


 鏡のような表面には、はれぼったくなった瞼がぼんやりと映り込んでいる。


「ごはん、食べてもいいから」


 何を言えばいいのかわからなくて、他愛もないことを口走ることしかできなかった。タイムラグがあって、マークちゃんの頭が、小さく動いた。


 だけども、食べようとはしない。食べる気がないのか、あるいはわたしが食べるのを待っているとか。というかそもそも論、アンドロイドって食事を必要としているのだろうか?


 疑問を口に出そうとして――やめた。悄然としているマークちゃんの顔を見れば、浮かんだ疑問もたちまちどこかへと沈み込んじゃった。


「いただきます」


 焼きあがったばかりのパンにはすでにバターをこれでもかと塗りたくっている。ザラザラとした表面は、光を受けて、てらてらと輝きを放っている。さっきまでなら、お腹がぎゅるぎゅる鳴いてしょうがなかったに違いない。


 でも今は、反対。腹の虫は元気をなくしてしまったみたいで、何も反応しちゃくれなかった。


 パンを一口かじって、咀嚼する。味気なかった。飲み込めば、鉄球を飲み込んじゃったみたいに、胃がもたれた。


 六枚切れ60円の賞味期限切れの食パンが悪かったのかといえばそうじゃない。ウインナーも目玉焼きも似たり寄ったりの味がした。


 原因がわたしにあるのは明らかだった。


 わたしは、ちらとマークちゃんを見る。先ほどから、視線を感じていた。ついばむような視線には、怯えがありあり浮かんでいた。


 かじりかけのトーストをわたしは置く。


「あのさ」


 わたしの声に、マークちゃんの体がびくりと震え、固まった。ヘビににらまれたカエルとはまさにこのこと。


「どうしてそんなに怯えてるの」


 返ってきたのは、重苦しい沈黙。声を押し殺してでもいるのか、その口はまっすぐに結ばれている。


 理由を聞くまでもなかった。


 マークちゃんは、返却されることを恐れている。


 ずっと一緒にいたいと言っていたではないか。……わたしは、プログラムによって規定された行動だと思っていた。だけども、よくよく考えてみればそうじゃない。


 ハーリーの言葉が思い返される。アンドロイドは自分で考え行動する、と。


 マークちゃんは設定された感情に従ってるんじゃない。返却されたくないと思って、あのような行動に出ていたんだ。


 そう考えると、これまでの行いにもすんなり飲み込める。


 でも……。


 わたしはマークちゃんのことをちらっと見た。その表情は陰鬱なもので、昔のわたしにそっくり。全体的に暗いし、この世の終わりみたいな顔をしている。


 どうすればわかんなくて、なんでもできるってのに身動きができないみたいな。


 それで最後には、全部かなぐり捨てたくなる。ありとあらゆる壁が憎らしいし、往来を歩く人々にさえ腹が立つ。クラクションを鳴らす車、そよぐ木々、やわらかな日差し、どこかにいるのかもしれない神様……。


 ありとあらゆるものが憎らしくなって最後には、ドカンっ、だ。


 気持ちはわかる。痛いほどにわかった。


 だって、わたしも同じだったから。


 世界に終末をもたらすような力は持ってなかった。だから、終わらせようとしたのは世界じゃない。世界に存在するわたしという意識を消去しようとした。


 結果は、見ての通り。


 わたしは生きており、二回目の死を経験することになったというわけ。


 マークちゃんに気取られないよう、小さくため息をつく。


 そんなわたしに言えるようなことなんて、あるんだろうか?

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