第24話
シルバーゴースト号は、それほど広いというわけではない。大きさではハーキスの巡視船――銀河連合のものとしては駆逐艦よりも小型のものをさす――に近しい。
部屋も似たようなもので、いくつかのキャビンがあり、わたしとマークちゃんは別々に使うことに決まった。
出会ってからここ数日のマークちゃんなら、是が非でもわたしと一緒の部屋を使おうとしただろう。だが、マークちゃんはそうしなかった。わたしが拒否するまでもなく、彼女自身がそう言った。
わたしは、固定されたベッドへと倒れこむ。ぼふん。沈み込んだマットレスが、体を包み込む。
なんだか不快な感じがした。二枚の歯車がビミョーにかみ合ってない時のような、あるいは、歯に肉の繊維が挟まってしまった時のような。
我慢できないほどではない。でも、気になってしょうがない。
「なんだってのよ……」
調子が狂う。
ぎゃあぎゃあと騒がしいのが当たり前だったから、その反動だろう。
じゃあ、わたしはそれを望んでるってこと?
「何をバカな」
わたしはゴロンと仰向けになる。天井に埋め込まれた白色灯が妙にまぶしく感じられて、手で光を遮る。
ため息が口から洩れる。
何度も何度も。
いつまでそうしていただろう。
わたしは眠り込んでしまったらしい。重い体を起こし、腕時計――スマホは意味がないといわれたので持ってきたアナログなやつだ――を見れば、地球を出発してから二時間ほどが経っていた。
ベッドから足を下したところで、おなかがきゅるるるっと音を上げた。どこに出しても恥ずかしい、立派な腹の虫の鳴き声。
誰もいないってわかってるのに、周囲をきょろきょろしてしまう。やっぱり誰もいなくて、わたしはホッと一安心した
「おなかすいた……」
食べ物は確か、キッチンに置いていたはず。なんとこの船、キッチンまで完備している。もちろん限られた空気を汚染してしまうガスは使ってない。全部電気である。そこらへんは、人間も銀河の生物も変わらないようで、安心する。
なんかこう、ゲテモノ料理を食べてるんじゃないかとばかり思ってた。でも、前にマークちゃんが言っていた限りでは料理は盛んに行われているとか。
味気ない合成食糧ばかりじゃなくてホントに助かる。
「それにしても」
やけに静かだ。まるで葬式があってるみたいに宇宙船の中はしんと静まり返っている。
理由はわかってる。
マークちゃんが騒いでないからだ。あれから二時間が経過してるけども、元気を取り戻してはいないらしい。出会ってから、これで一週間は経過しただろうか。そんな中で、はじめてマークちゃんが落ち込んでいる。
その原因をつくったのは、ほかでもないわたし。
だけど、ほかになんていえばよかったんだ? 嘘はつきたくなかったし……。
腕を組んで考える。
考えたけども、答えはでなかった。
そうしていたら、またしても腹の虫が自己主張した。真剣に考えごとをしていても、腹は空いてしまうらしい。
「とりあえずご飯食べよ」
キッチンは、わたしの部屋に備え付けられていたものとそんなに変わらない。違いといえば、IHコンロであることくらいじゃないか。そのほか、冷蔵庫とかキッチン台も包丁もまな板も、わたしが知っているものと一緒。使い方だって一緒に違いない。
「生物の授業で習った収斂進化ってやつなのかな」
誰もいないのに、わたしは呟いてしまう。いつもなら、マークちゃんが何かしら返事してくれるってのに。
「って、何考えてんだろ、わたし……」
わたしは冷蔵庫を開けて、のぞき込む。中には地球から持ってきた見慣れた食材たちがギッシリ詰め込まれていた。
ウインナーと卵を取り、膝で扉を閉める。
フライパンをIHヒーターの上にセットして、電源を入れる。
よく熱してから、フライパンに油を引き、卵を割って落とす。じゅうっと音がして、たちまちいい香りがしてくる。
黄身が固まるまで待てば、目玉焼きの完成。油を引きなおして、今度はウインナーを焼いていく。
肉の焼けるじゅうじゅうという音。その音に、パチパチと肉汁が躍るように応える。それを見聞きしてるだけで、食欲が駆り立てられる。
いい感じに焼き目がつき、ぱんっぱんに膨らんだウインナーたちを目玉焼きの隣に転がしたら、朝食の出来上がり。
……なんか忘れてないか。
皿をキッチン横のテーブルへと持っていこうとして、はたと気が付いた。
「あ、食パン焼けばよかったな……」
主食がないじゃないか。ご飯も炊いてないし、食パンをそのままかじるってのもなあ。
しょうがないからそのまま戻ろうとしたとき、わたしはそれにようやく気が付いた。
キッチン入口の扉を半分ほど開けてこちらの様子を窺っているマークちゃんの姿に。
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