第23話
次のワープで宇宙船は地球上へ着陸した。
場所は、わたしが借りているアパートの真上だった。
「空き地でいいって言ったじゃない!」
「どうやって降りるつもりなんですか。宇宙船は透明化してますけど、あなたは透明じゃないんですよ?」
「うっ」
何もいない場所から人がいきなり現れたら、怖いどころの騒ぎではない。警察の御用になるだけならいいほうで、歴史の闇で暗躍する謎の組織に解剖でもされそうだ。
わたしは、納得することにした。
「でも、こっからどうすんのよ」
そのアパートは築うん十年という、よく言えば歴史のある建物。屋上というしゃれたものはなく、三角形の瓦屋根があるばかり。ちなみにシルバーゴースト号は、瓦の上に浮かんでいる。
マークちゃんが自信ありげに鼻の下をこする。
「この船、ワープ精度が高いのは言いましたよね?」
「言ったけどそれが――」
次の瞬間、わたしは光の輪に包まれた。
柔らかな光を放つ白色のわっかは無数に表れたかと思うと、わたしを包み込んだ。その光は消えると、わたしは自室にいた。
わたしはワープしていたのだ。
ワープ失敗したらどうなっていたのか、とか、どうして一言を教えてくれなかったのか……などなど、思うことはあったけども、ひとまずは息をつく。
息を大きく吸って、ゆっくり吐く。
慣れ親しんだ我が家の空気は、わたしの心を落ち着かせてくれる。なんだかんだ言って、いろいろなことがあった。まさか冥王星まで行くことになるなんて。
本当にそんなことができるだなんて、オービタルリングへ上がったときは思いもしなかった。
……いや、これからはもっと遠いところへ行かなければならない。
殴りたい相手は、銀河の中心にいるのだ。
「よしっ」
センチメンタリズムにむしばまれようとしていた心ごと、わたしはカツを入れた。
ちょうどその時、部屋に光が生じる。マークちゃんがワープアウトしてくるのだ。
わたしは目を吊り上げて、光の中から彼女が出てくるのを待つ。
もろもろの準備を終わったのが、地球へ戻ってきて二日後くらいのこと。休学届やら食料の調達やら、中学生くらいの体つきのくせにやたらと胸が大きいマークちゃんのために服を用意したりなんだりしてたら、そのくらいの時間が経ってしまった。
最後の荷物とともに、わたしは光に包まれる。
小さくても実家よりかは居心地の良いワンルームが光に包まれていく。名残惜しい別れだったけれども、致し方ない。
光が晴れると、わたしは宇宙船の中にいる。
これからはここがわたしの家になる。
銀河の中心までの長い旅をともに過ごす相棒。
「忘れ物はないですか?」
もう一人の相棒が、確認をしてくる。
わたしが頷くと。
「本当にですか? これから数か月の間は戻ってこられません」
「いいわ」
「それ以上かかるかも。戻ってこれない可能性だって――」
「いいから」
「残念です。ワタシは平凡な日常をあなたと過ごしていけたらそれでよかったのに」
「……あなたを返すとは言ってないじゃない」
胸がチクリと痛んだ。
別に嘘は言っちゃいない。ただ、にっくきあいつをぶん殴りたいがために銀河の中心まで向かうってだけ。
そこにマークちゃんのことは含まれてない。
でも、一緒にいたいか……? それも、いつ爆発するのかもわからんやつと。
のしかかるような空気が、覆いかぶさってくる。わたしとマークちゃんは一言も発しない。発すると、自分が何をどう思ってしまうのかが声の響きとともに、相手へと伝わってしまうのではないかとさえ思えて、口を開こうにも開けなかった。
わたしはマークちゃんの方を見ることができなかった。
「行きます」
マークちゃんがポツリと呟いた。わたしは「うん」とかすかな返事をする。
宇宙船が光に包まれて、その光がなくなるころにはすでに球体の地球が見下ろせる宇宙空間へと飛び出していた。先日も同じことを体験したというのに、心臓がドキリと震えた。
「さらばわが星よ。しばしの別れ」
いたたまれない空気に耐えられなくなって、ガラでもないことを言ってみる。
ツッコみどころか、言葉すらやってこない。いたたまれなさがいたずらに増しただけだった。
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