第22話

 ワープの際の感慨というものはあんまりない。


 酔ってしまうとかすさまじいGに押しつぶされそうになるとかもない。


 気が付いた時には、わたしを乗せたシルバーゴースト号は地球圏へたどり着いていた。


「は……?」


 その時わたしは操舵室にいた。隣には、空を睨みつけるようにして宇宙船を操縦するマークちゃんがいる。


 側面の窓にはスイカのような地球が浮かんでいる。


 一瞬、ほんの瞬きの間に、地球近海へとやってきた。


 しょーじき、わたしは眼前に広がる光景が本物かどうかはかりかねていた。だって、瞬きしたら地球があるなんて考えられないじゃん。冥王星までは従来の――わたしが知ってるっていう意味でだ――客船で一週間、ハーキスの巡視船でも一晩かかった。


 なのに、今回は一瞬?


 わたしは頬を思いっきり叩いた。乾いた音とヒリヒリとした熱が、夢ではないことを教えてくれた。


「ねえ、わたしは幻覚でも見てんの……」


「幻覚作用のある物質はありません。夢でもありません」


「じゃああれは何よ!?」


「地球です」


「わかってるわよ! じゃあ何さ、一瞬でワープしたっていうの!?」


「はいっ。この船とワタシにはそれができるみたいなんです」


 にっこりマークちゃんが笑った。トンと胸を叩いて誇らしげ。そんな彼女を見ていると、こみあげてきていた怒りは水を差されたように勢いを弱めていった。


 あとに残ったのは、いつものため息。


「……じゃあこいつは、銀河連合の宇宙船よりもずっと強いってわけ?」


「どうなんでしょう。この船の製造日がよくわからないんですよねー。全部わかったわけじゃないし。あ、でもトロイの木馬的なやつは見つからなかったので、あとから乗っ取られるなんてことはないから安心してください」


 マークちゃんは、いくつかの操作を行って、モニターに何かを表示させた。それは、シルバーゴースト号とハーキスの巡視船「カリナ」のスペック表のよう。そこにも排水量とか武器の種類とか全長とかが、見たことない桁数で書かれている。単位だけはなじみ深いものに変換されてたけども、目が滑ってしょうがない。


「あれ、見てください」


 羅列された数字の一つを、マークちゃんは指さす。


 よくわかんない銀河共通語ってやつが、わたしのよく知る日本語へと組み代わっていく。たぶん、マークちゃんが翻訳してくれているんだ。頭が下がる。


「ワープの精度……?」


「はいっ。ワープというのは、四次元から三次元空間を湾曲させ、現在地と目的地を接続する行為のことをさします。ここまで大丈夫ですか」


 まったく大丈夫じゃない。四次元とか三次元なんて言われても、青いタヌキしか頭には浮かばないんだけども。


 混乱していたわたしを見てか、マークちゃんがこんなたとえを出してくれた。


「紙の上に点を二つ書くじゃないですか。ここで問題です。AとB。AからBへ最短距離で向かうためには?」


「AからBを結ぶ直線でしょ」


「ファイナルアンサー? 間違えたら、ワタシのことを二度と返却できませんよ」


 わたしは考える。ほかにはない。少なくとも平面上においては、二点を結ぶ直線こそが最短ルートに違いない。


 はたして、その通りだった。


「正解ですっ」


「……無駄にドキドキさせないでよ」


「もしかしたら深読みしすぎないかなーって。ここからが本題なんですけど。実際はもっと短くできますよね?」


 もっと短くだって。そんな方法あるわけが……。

 

 ――いやあるじゃない。


「紙を曲げるのね……」


「あなたに百点! ついでに抱きしめちゃいますっ!」


 別にいい、とわたしが言う前に、マークちゃんは飛び上がって、抱きついてきた。その勢いと、いつまでたってもなれない暖かさと柔らかさに圧倒される。低重力に設定されてなかったら、そのまま押し倒されてたんじゃないか。


「息苦しいから離れて!」


「しょうがないですねー」


 やれやれといった風にマークちゃんが離れていく。自由の身になったわたしは、ぜえぜえと息をつく。どこがとは言わないけど、ムダにでっかい物体がわたしの顔をすっぽり覆ったせいで死ぬかと思った。


「そ、それで、そのワープ精度ってのはいったい何なのよ」


「目的地と現在地を正確に重ねられるか。あるいは三次元空間を正確に折りたたむことができるか、とも言い換えられます」


「別の場所へ行ってしまう可能性もあるってこと」


 マークちゃんが頷いた。彼女が言うには、ワープする距離が長すぎたり短すぎたりした場合に、ワープ先の座標がズレることがあるのだそう。紙で例えるなら、1センチ四方の折り紙と1キロ四方のおりがみで折り鶴をつくるのは難しいよねってことらしい。


「さらに、です」


「まだあるのね」


「これで最後ですっ。あとで頭を撫でるので頑張って」「いらんわっ」


「紙の例えですけど、折りにくいのってありますよね?」


「段ボールとかだと折りにくいわね」


「それと一緒なんです。説明は難しいんですけど、空間には厚みみたいなものがあって、それが薄いとワープ精度が上がるんです」


 マークちゃんは「まあ、重力とか鉱石とかの影響もあるんですけどね」と続けるけども、わたしとしてはなーんにも変わらない。


「……よくわかんないや」


「いろいろな要因があって、ワープはズレちゃうことがあるってことです。でも、この宇宙船なら安心! 銀河連合の宇宙船よりも精度がいいですからっ!」


「ほかにいいところはないの?」


「それはもっと試してみないとわかりません。あ、でも」


「なになに」


「バカみたいに燃料を必要とします」


「それはデメリットじゃん」


 ツッコまずにはいられなかった。

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