第20話

 マークちゃん調べによれば、このシルバーゴースト号は最新鋭の宇宙船らしい。


 それも、銀河連合の戦闘艦に等しい力を持っているとかなんとか。搭載している兵器とか排水量がどのくらいだーとかなんかいろいろ言っていたけど、ほとんど覚えていない。


 ただ、マークちゃんが興奮するくらいのすごい船だっていうことは理解できた。


 でもそうなると……。


「どうして、あいつはこんな宇宙船をわたしたちに?」


 操縦室の光の灯っていないコンソールに頬杖をつきながらわたしは言う。


「おかしくないかな。最新鋭の宇宙船なら、脱獄なり刑期を全うするなりするまで隠しとけばいいのにさ」


 返事はない。カタカタという規則的なタイピング音だけが隣からはしている。


 首だけ横を動かしてみる。マークちゃんが一心不乱にキーを叩いているのが目に入った。その透明な眼には、流れていく意味わからない文字たちしか見えていないらしい。


「おーい。マークちゃん」


 わたしは、マークちゃんの耳元まで近づいていって、呼びかける。


 効果はてきめん。その小さな体がロケットみたく垂直に飛び上がった。すでに宇宙船には地球と同じくらいの重力が働いているというのにこれはすごい。


「驚きすぎじゃない?」


「だだだだって、みみっ耳元で声がしたんですよ!? 幸せすぎて……!」


「そ、そう」


 茶化そうかと思って開いた口が閉じていく。マタタビを吸ったネコかマークちゃんかってくらい喜んでいるその姿に、正直、ドン引きだ。


「何かわかったの……?」


「はい! この船がとても素晴らしい船だってことがわかりました! もちろん、あなたの次に、ですけどね」


 ばちこんとウィンクしてくるマークちゃん。わたしは飛んできたハートを叩き落とす。


「そういうのいいから。さっき、宇宙船のスペックは教えてくれたじゃない」


「あれはカタログスペックですから。そういうのじゃわからないものってあるじゃないですか。キーボードとか服とか」


「いやまあそうだけど」


「そういうのを調べてみたんです。で、今、ワタシの意のままに操縦できるのかやってみたんです」


「ああそれで、キーパッドを操作してたのね」


「で、結果はなんと、完璧ですっ! いやーはじめて触ったんですけど、びっくりするくらい親和性が高くて自分でもびっくりしましたよ」


「どのくらいあなたに合ってたの?」


「そうですね……あ! 今から帰るんであれば、あなたのアパートに横付けできるくらいには動かせると思いますよ」


 雪原から眩い光を発してワープしたフライパンが、街中に現れるのを想像して、わたしは首を振った。絶対にやめてほしい。目立つどころの話じゃない。


 わたしが「絶対にやめて」と言うと「透明化できるのに」と返ってくる。姿を隠せるからって、地球に帰るのはごめんだ。


 この宇宙船があれば、銀河の中心にだって簡単に行けるに違いないんだから。


 こぶしを握り締めて、今一度、あの女をぶっ飛ばすという覚悟を固めていたわたしに、マークちゃんが申し訳なさそうに声をかけてくる。


「あのう」その声は今にも消えてしまいそうだ。「楽しそうにしてるところすみません」


 マークちゃんの表情の急変に、わたしは身構える。また、自爆とかなんとか言ってくるつもりではなかろうか。


 でも、今回はできる限り反抗するぞ。わたしだって、やりたいことがある。


 あのにっくき女神面したガキをぶっとばすという使命が――


「言いにくいんですけど、すぐには行けないというか」


「は? でまかせじゃないでしょうね?」


 首をぶんぶん横へ振るマークちゃん。ちぎれてしまいそうな猛烈な勢いで、嘘をついているようには見えない。この子が嘘をつけるかは知らないけどさ。


「ちょっと、これを見てください」


 マークちゃんがキーパッドをタイプしていく。指の動きは、前見た時よりもずっとぎこちないし、ミスタイプを何度かしたようで、特定のキーを連打していた。


 待っていると、宇宙船の船首方向の窓に映像が浮かび上がる。


 その映像はどこかの星系を映しているらしい。天文学者でもないわたしがどうして気が付けたのか。だって、知ってる星がないんだもん。しかも白に瞬く三連星が星々の真ん中を占めている。どこからどう見たって太陽系ではない。


 映像をまじまじ見てみると、その三連星をはさんで両側に、黒い点がいくつも浮かんでいた。だ円形のスイカの種みたいなやつだ。


「なにあれ」


「宇宙船です。ハーキスさんのと同じ船もありますし、巡洋艦から戦艦まで並んでますね」


「戦艦って戦争でもおっぱじめるっての?」


「その通りです」


「……マジ?」


 マークちゃんが頷いたのと、船の一隻が光を放ったのは同時。


 放たれた一条の光は三連星の上を通り過ぎ、放物線を描くようにして向かいの一隻へと突き刺さった。


 大質量の戦艦が真ん中から、ゆっくりゆっくりとへし折れて、それからパッと大輪の花が咲いたみたいに爆発した。


 それがきっかけとなって、光が束となって飛び交いはじめた……。

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