第19話

 氷山の頂を踏みしめる。


 そこから見下ろせる景色は、これまでと同じもの。どこまでも広がる真白の氷。濃紺の宇宙との取り合わせは目を奪われてしまうほどにきれいだけども、もう見飽きてきた。


 いや――すり鉢状の地形の真ん中に、見慣れないものがあった。


 ふきすさぶ、白いもやのような大気の中で、きらりと輝く大きな物体。


「あれが?」


「かもしれません」


 行ってみましょう、というマークちゃんの言葉にわたしは頷き、氷山の斜面を慎重に下っていく。


 周囲から隠されるようにあったのは、おそらく宇宙船だ。おそらく、というは、わたしの知る宇宙船とは異なっていたから。


 人類で生み出された宇宙船は、船の形――海に浮かぶあれだ――をしているのがほとんど。たまに、ラグビーボールに似た宇宙船もあったけども、ソーサー型UFOと同じようにキワモノ枠扱いされている。


 目の前の、銀に輝く宇宙船もわたしからすればキワモノだ。


 宇宙船はフライパンをひっくり返したような形をしている。あるいは、カブトガニのような形をしているといえばいいか。


 フライパン宇宙船の表面は、つるつるとした銀色をしており、継ぎ目はまったくない。


「巨人のフライパンって言われたら納得しそうね」


「なるほどー。あなたって、頑固だけではなくて夢見がちなところ

もあるんですね」


「うっさい!!」


「そういうところもかわいいですっ」


 なんてことを言いながら、マークちゃんは宇宙船へと近づいていった。


 まったくもう……。恥ずかしくてこっちが爆発してしまうんじゃないかと思ったわ。


 わたしはその場に突っ立って、頭を冷やす。試される惑星こと冥王星は、宇宙服を着こんでいてもなお、冷気が肌を刺してくるほど寒い。


 少しして、宇宙船に触れられるほどの距離まで近づく。


 窒素の雪で白く染まった船体を分厚いグローブで撫でる。見たこともない文字が、現れた。


 わたしはマークちゃんを呼ぶ。


「これって、なんて書いてあるの」


「銀河共通語にて、シルバーゴーストって書いてあります」


「なんか縁起でもない名前だけど」


「幽霊のように神出鬼没ってことですよ。知りませんけど」


「知らないんかい」


 マークちゃんは頭をかきながら「ありましたねえ」と言った。


 わたしは頷いた。てっきり、あのハーリーとかいう犯罪者に騙されたんじゃないかと思っていた。じゃないと、意味がわからないことになってしまう……どうして宇宙船をわたしに貸すつもりになったのか。それも無料で!


「あの女を信じてもいいんかなあ……」


「ワタシはやめたほうがいいと思います」


「それはどうして?」


「ワタシを頼ってほ――」マークちゃんここで咳払い。「犯罪者は信用ならないからです!」


「半分くらい本音が漏れてた気がするけど、まあいいわ。わたしも同じ」


「やった! 相思相愛ですねっ」


 雪上で小躍りしているマークちゃんにはもう突っ込まない。


「それより、あいつが言ってたワードってなんだっけ」


「開けゴマ(オープンセサミ)のことですか。宇宙船を開くカギだとかなんとか」


「そうそう。どうして地球の言葉を知ってるのかは置いといて、試してみましょ。それで、わたしたちをおちょくってるのかわかるだろうし」


 それに、早く中に入らないと、凍えて死んじゃいそうだ。


 わたしは、冬眠している宇宙船に触れながら、その文言を唱える。


「オープンセサミ!」


 途端。


 手の触れているところが光りはじめる。その銀色の光は、宇宙船全体へと広がって、超新星爆発のような眩い光をはらんだ。


 目を開けてられないほどの光は、それほど長くは続かなかった。


 ぎゅっと閉じたまぶたを上げれば、目の前には扉が表れていた。

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