第16話
「それにしても、どうしてこいつを連れ出してきたのよ」
わたしは手錠につながれている女を指さす。
ああ、とハーキスが返事した。
「冥王星で引き渡そうと思ってな。オレは太陽系近辺の巡回が仕事だから」
引き取りの際に、逮捕した生物の身分照会のために操舵室まで連れてきたらしい。ハーキスが教えてくれた。
「へえー。じゃあさ、その引き渡し相手って」
ハーキスが顔をしかめる。「お前、悪いこと考えてんだろ」
「わかった?」
「なんとなく。あれだろ? 引き渡し相手の宇宙船にフリーライドするつもりだろ」
「あたり。だって、人類は船に乗られないんでしょ?」
「乗れますよ」マークちゃんが口をはさんできた。「二那由他円払ったらいいんです」
「高すぎんのよっ! ってか、値上がりしてるじゃない」
「経済は一秒ごとに変わります。一日でそれだけ通貨の価値が変わったんですよ」
「もっともらしいこと言っちゃって。人類のお金には価値がないってことでしょ」
わたしとマークちゃんがそんなことを話していたら、
「なになに、お金に困ってる?」
「……なんです、犯罪者さん」
「ひどい。一度捕まったからって邪険にしないでよ。私のこと助けてくれたじゃない」
「それはあんたが天下の大泥棒ってことを知らなかったから」
女盗賊が高笑いする。胃の中がかぁっとなって、はらわたが煮えくり返る気分だ。
「大泥棒だなんてそんな、私のことはハーリーでいいわ」
「ハーリー? 二度と呼ぶことはないでしょうけど。こっちはマークちゃん」
「はじめまして、エンドマークって言います」
「いや、あんたのこと覚えてるわよ。電気銃を指からぶっ放してきたアンドロイドでしょ」
「えへへ、照れますね」
「照れるポイントおかしいわよ。あなた、このヒトに仕えてるの?」
今日一番の声で、マークちゃんが肯定した。近くにいたわたしの耳がおかしくなりそうな大音量に、ハーリーも耳を抑えていた。
「うるっさ。もうちょっと静かにして頂戴」
「あ、すみません……」
「それより銀河最強ってのは本当なのね!」ハーリーが天の川銀河のように目を輝かせて言う。「あなたみたいに武器を所持したアンドロイドははじめてよ」
手錠を回された手で器用にマークちゃんの手を取り、ぶんぶん振り回すハーリー。マークちゃんは苦笑いを浮かべてなすがままになっている。
「マークちゃんみたいなのって珍しいの?」
「珍しいわよ。自由意思を持ってるアンドロイドは武器の携行が禁止されてるし、ロボット兵士は自由意思ってものがまるでない。両方とも持ってるのは、私が知る限り彼女だけね」
わたしは、マークちゃんをまじまじと見る。
そうやって上から下まで彼女のことを眺めるのは、これで何回目かはわからない。それくらい見慣れた彼女は、希少価値が高いといわれても何も思わなかった。
ツンツン。
マークちゃんがわたしのおなかを突っついてきた。
「ワタシと同じくらいあなたも珍しいですよ」
「そうなの?」
「はい! 銀河の中心へ行く人間ははじめてだと思いますっ。お揃いですね!」
「……それ言いたいだけでしょ」
わたしはまだ、銀河の中心へ来れたわけじゃない。まだ、銀河の端も端だ。ここから先には、地球から冥王星よりもずっと遠くて暗い空間がどこまでもどこまでも広がっている……。
それを考えると、無茶なことやってんな、って思わないわけでもない。この前マークちゃんが言っていた、二人で高校に通うってのが無難なのかも。
ううん、違う。
わたしは首をブルンブルンと勢いよく振る。三人の目が痛いけど気にしないで首を振る。
あの女に一泡吹かせてやらなきゃ。
もとはといえば、あいつがすぐにキレたのが悪いんだから。
「行くわよ。わたしは絶対」
わたしの言葉に、マークちゃんがニコニコと笑った。
「はい! でも、ワタシのことはどうか見捨てないでくださいね?」
その笑みの中に見え隠れするものを、わたしは直視できそうにない。
だから、考えておくわ、と呟くことしかできなかった。
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