第15話
「おら、到着したからおとなしくしろっ」
そんなことを言いながら、ハーキスが操舵室へと現れた。彼は、手錠をかけた女盗賊を引き連れていた。
彼女と目が合う。その瞳は地球のようなマーブル模様をしていて美しい。
吸い込まれるようにしてみていたら、その瞳はマークちゃんのほうへと向いた。とたん、瞳の色が火星の大地を思わせるような真っ赤に染まった。
その女性は手錠をがちゃがちゃ鳴らし。
「あんたがいなかったら……!」
犬歯むき出しにしながら吠えた。ハーキスがいなかったら、両手をハンマーにしてマークちゃんに襲い掛かっていたに違いない。
「ごめんなさい。恨みはありませんけど、この人が望んだので」
「しっ、余計なこと言わないで」
ぎろり。女性の銃弾のような目線がこっちを向いた。
「あなたのせいで捕まったじゃない!」
「そりゃ、ご愁傷様。わたしだってやりたいことがあったんだ、仕方ないじゃない?」
「宇宙船を強奪しようとしてましたけどね」
「おいおい犯罪だぞ」
「だから、悪人のを奪おうとしたの。……実際は巡視船だったわけだけどさ」
なんてこと考えてんだ、とハーキスが頭を抱えていた。
対照的なのは、捕まっている女性である。怒りの色を浮かべていた瞳が、穏やかな青みを取り戻す。
「なあに、人の奪うのを好きなの?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる? ただ、銀河連合の本部があるとこまで行きたかっただけ」
「銀河連合の本部ぅ?」女性が目をぱちくり。「ああ、連合本部地下の金庫の話?」
「はあ? そんな話じゃなくて」
金庫という言葉に食いついたのは、ハーキス。ハッとしたように目を見開いた。
「お前、もしかして狙ってたか!?」
「当然じゃない。泥棒なら一度は夢見る金庫破り……! 最難関にして、あまたの宝物が眠ってるっていう泥棒たちのユートピア!!」
「お前が入るのは監獄だけどな」
「絶対脱走してやるぅ……!」
闘志みなぎらせている職業盗賊はいいとして、わたしはマークちゃんへと質問する。
「金庫ってなに?」
「金庫は金庫ですよ」
「そりゃそうでしょうけども。じゃなくて、何があんのって話よ」
「えっとですね。スタンドアロンな金庫なので詳しくはわからないんですけど、銀河中のお金持ちが資産を預けているとか、あるいは銀河を破滅させてしまうかもしれない危険物を隔離してるとか」
「なによそれ……」
「憶測が憶測を呼んでいて、よくわかりません。力になれなくてごめんなさい。自爆して死んだほうがいい……?」
「突然、豹変するのやめてくれないかなっ! 別に自爆なんてしなくていいんだから」
そうですか、と小さくつぶやいて、マークちゃんが笑う。思い出したかのような脅迫だった。
その姿は、今まさに捨てられようとしている子犬のような哀愁があって、痛々しい。
目を潤ませてわたしを見つめてこないでほしい。別に、わたしはマークちゃんのことを捨てたいわけではない。ただ、一緒にいられないというだけで。
それを口にするのははばかられた。そんなことをしてしまえば、この微妙なバランスの上に成り立っている関係が崩壊してしまう気がする。
そうなれば、この世界は終焉を迎える。
一体のアンドロイドの自爆が、この世界の長いながい歴史にピリオドを打つことになってしまう……。
そんなのは、ねえ?
「むしろ、わからないほうが正常でしょ。金庫の中身なんて。銀河連合ってすごいんでしょ?」
「それはもう!」
「じゃあ、銀河最強のアンドロイドだからってわからないでしょ。そこに勤めてる人以外にわかるわけがない。わたしはそうだと思うな」
マークちゃんが顔を上げた。今にも泣きだしてしまいそうな曇天の表情が、ぱあっと明るくなったように見える。
「な、慰めてるんですかぁ?」
「べ、別にそんなんじゃない。ただ、そう言いたくなっただけ!」
春の日差しみたいな柔らかな視線から逃げるように、わたしはマークちゃんに背を向ける。背後から聞こえた「ありがとうございます」という言葉は無視することにした。
だって……恥ずかしいじゃん。
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