第14話
そういうことで、颪号での生活がはじまった。……と思ったら、すぐに終わった。
従来の冥王星行客船――「かろん」や「ひどら」などだ――では一週間かかる道のりを、颪号は一晩で終わらせた。
わたしとマークちゃんにあてがわれたキャビンで目覚め、窓から見えた冥王星にわたしは、柄にもなく歓声をあげてしまったほど。
「銀河連合の船にはワープ航行が標準搭載されてますから」
くすくす笑いながら、マークちゃんが説明してくれる。恥ずかしいたらありゃしない。わたしは窓の外の虚無に浮かぶ、赤茶と白の惑星でも見て心を落ち着かせることにした。
冥王星は粉砂糖をたっぷりかけられたトリュフだ。もっとも、太陽から遠い位置にあるために、どこもかしこもカチンコチンに固まっている。かじったら歯が砕けてしまう。
惑星表面には、多様な氷がある。窒素、メタン、一酸化炭素、そして水。見わたす限り、氷、氷。氷がどこまでも広がっている。
そんな極寒の地に、選ばれし精鋭たちが暮らしている。一昔前までの南極と同じように、冥王星は誰のものでもなく平和的利用を行うことが条約によって定められていた。
よって、一般人が軽々しく来られるような場所ではない。観光が行われていないわけではないけど、宝くじの一等を当てるくらい厳しい倍率を勝ち抜く必要がある。
「まさかここまで来られるなんて……」
「来れないって思ってたんですか」
「まあ……。何とかしようっては思ってたけどさ、無我夢中だっただけで」
「怒りに駆られてましたもんね」
「当然じゃない。生き返らせてこっちに選ばせるのが本来のプログラムなんでしょ」
マークちゃんが愛想笑いを浮かべた。
「失礼なことを言ったって聞きましたけど」
「なによ、ちょっと口が滑っちゃっただけじゃない」
わたしが言えば、マークちゃんは困ったように笑った。愚痴につき合わせたみたいで申し訳なくなってきた。
何か違う話にしよう。
「そういえば、銀河連合の港ってやつがここにあるのよね?」
「はい、人類がニクスと呼んでいる衛星に基地があります」
「めっちゃ近くじゃない。気づかれないの?」
「気づかれません。銀河連合の欺瞞兵装は強固でして、宇宙へ出たばかりの原生生物には隕石とか小惑星とかと判別がつかないんじゃないかな」
原生生物って人類《わたしたち》のこと、バカにしてるのかしら……。
怒りが噴き出しそうになったけど、マークちゃんはあのバカ女みたいに舌を出したりはしていない。バカにしてるというよりは、機械として事実を述べているだけなんだろう。それはそれで、悲しくなってくる。
隣のマークちゃんを見ると、窓の外に指を向けていた。
冥王星近海には無数の小惑星が漂っている。その一つひとつをマークちゃんは指さしてるらしい。
「あれが全部宇宙船だっていうの!?」
「本物の小惑星がほとんどですよ。でも、中には偽装した宇宙船も」
わたしは宇宙の闇に漂っている小さな岩石へと目を向ける。どこから来たのかわからないジャガイモたちは、わたしの目からは小惑星にしか見えなかった。わたしの眼だけではなく、人類のセンサー類にとってもそうだろう。
「そういえば、ハーキスって人じゃないんだってね」
「銀河連合所属は、自分の姿を話している人のものに変えられるから気が付かないよね」
「あんた、どんな姿かわかったりしないの? 機械の目でしょ?」
「猫です」
「は? 猫って地球の?」
「はい。食肉目ネコ科ネコ属のあれです。その姿に非常に酷似しています」
「そ、そうなんだ」
頭の中に浮かぶのは、メロウと鳴いて肉球を舐める三毛猫の姿。それは、数時間ほど接してきてわかってきたハーキスの粗暴さとは合っていなくて、つい笑ってしまった。
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