第7話

 かすかな排気音だけを響かせながら、走るよりも速く移動していく。足音というものはほとんどなく、間もなく、女性をひっぱり逃げる男が見えてきた。


「あの船の中へ行くみたいですねえ」


 男は、泊地に泊められた宇宙船の一つに入っていく。シミ一つない真っ白なその船は、悪人が乗っているというよりは、悪人が手錠とともに乗せられてそうな感じがあった。


「意外ねぇ。もっとトゲのついた宇宙船に乗ってそうだったけど」


「衝角はついてますよ。ビームラムってやつです」


「……そういうんじゃないんだけど。ってか、わかるの?」


「持ち主がどなたかはプライベートなことですからわかりませんけど、船そのものならデータベースに問い合わせればいいので」


「データベースなんかあるの」


「はい! そうじゃないとどこから攻撃されたのかわかんないじゃないですか」


「それも自爆のため」


 満面の笑みを浮かべてマークちゃんは頷いた。


 ……どうやら本気でそう思っているらしかった。自分が死ぬことなんて微塵も怖がっていない。


 自爆してありとあらゆるものをデリートすることが仕事だから?


 だとしても、わたしは理解できなかった。マークちゃんはアンドロイドだけど、見た目はそうじゃないから、そう思ってしまうのだろうか。


 うーん……。


「行かないんです?」


 そんな問いに、わたしは顔を上げた。今は、アンドロイドとしてのありかたを考えてい場合ではない。


 今まさに船の中へと連れ去られようとしている女性を助けなければ。どさくさに紛れて宇宙船をかっぱらうことができたらなおいいんだけど。


「ちょっと考え事してた」


「もしやワタシに見とれて――」


 マークちゃんが何かほざいていたけれど、その途中でわたしは宇宙船へと向かう。


 その宇宙船は「颪」と書かれていた。読み方はわからないけど、おそらくは船の名前だろう。


 船のタラップはかけられたままで、すぐに出港するわけではなさそうである。


 わたしは床を蹴って、颪号へ跳ぶ。


 船のヘリにつけられた手すりを掴んで、船体へ着地。


「すごいすごい」


 後ろからやってきたマークちゃんが手を叩きながら言う。


 船体に、男女の姿はない。きょろきょろと見まわすと、船内へと続く扉がある。


「あそこ。行こう」


 扉に近づいて開ける。先はエアロックとなっていたけども、1気圧に調整されたオービタルリング内では動いていない。


 エアロックの先の扉をくぐる。


 その先の空間で、男女が激しくもつれ合っていた。男が丸太のような腕を伸ばし、女を抑え込もうとしている。どう見ても婦女暴行の現行犯だ。


「マークちゃん、お願い!」


「ホントにやるんですか……」


「犯罪を見過ごせないでしょ。もしかして、自爆以外できないの?」


「で、できますとも。ただ、ちょーっと気が進まないってだけで」


 ため息をつきながら、マークちゃんは人さし指を乱暴を働く男へ向け、親指を伸ばす。指鉄砲みたいな形にして、男の体へ狙いをつけ。


 BANG。


 流ちょうな発音でマークちゃんが言ったと同時に、細い指から何かが飛び出していった。


 きらめくような細い糸のような何かは、男へと突き刺さるとバチバチと爆ぜるような音ともに閃光を発した。


 直後、男と女の悲鳴に、耳がおかしくなりそうになった。


「な、なにやったの!?」


「男の人だけを鎮圧しようとテイザーガンを使ったんです」


 これです、と続けながら、突き出した人さし指をわたしへと近づけてくる。指の先端にほくろほどの小さな穴が開いていた。そこからピアノ線みたいに細い糸が男へと伸びていた。先ほど飛んでいったきらめく糸は、どうやらこれのことらしい。


「これでびりびりーってして無力化するって寸法です」


 向こうに転がっている二人を見れば、ぴくぴくと電気を流されたカエルみたいに痙攣していた。特に、テイザーガンとやらをもろに食らった男からぷすぷす煙が上がっているのが見える。


「生きてるの……?」


「生体反応はありますから生きてます。それに手加減しましたから」


「ならよかった」


「多少障害が残るかもしれませんけどね」


「…………」


 マークちゃんだけは怒らせんとこ。改めてそう誓った瞬間だった。

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