第6話
オービタルリング港は、運輸会社や旅客会社が宇宙船を泊める場所と個人用宇宙船を泊める場所の二つに分かれている。前者は立ち入りが禁止されている場所が多いけど、後者はそうでもない。かっこいい宇宙船が時折やってくるってことで、それを見に来る「撮り船」というやつらがいたりいなかったりする。
そんな、ヨットハーバー的なところをわたしはマークちゃんに抱きつかれながら歩いていた。
「見てください」
マークちゃんが指さす先に、人影がある。
二人の人間が、向かい合って立っていた。何を話してるんだろう。通路の陰に隠れて、耳をそばだてる。
どうやら、女性と男性が言い争っているみたい。ヒゲもじゃでガタイがいい男と、高級そうなハンドバッグを手にしたいかにも金持ちって女だ。まるで美女と野獣のような取り合わせ。
と、男性が女性のことを突き飛ばした。小さな悲鳴とともに女性が宙を舞う。スカートをはためかせ、風車のように回転する女性の細い足を男が掴む。そして、女性を凧のように引っ張りながらどこかへと運んでいこうとしていた。
「拉致?」
「可能性はあります。地球人は美しいですから、マーケットで高値がつきますし」
「……イヤなこと言わんでちょうだいよ」
「ちなみに拉致以外にも、保護プログラムが適用された生物に対する干渉は、重罪です」
「なら、遠慮なくやっつけていいということね」
「やっつけるのはワタシですけど」
頬をポリポリかきながらマークちゃんが言う。その通りだった。
「だ、だってしょうがないじゃん。わたし、非力だし」
「非力ならこんなことをしないでいいじゃないですかぁ。ワタシと百合色の高校生活しましょー」
「絶対いやだし、それに、船を奪う奪わない置いても、あの人を見捨てたりできないって」
マークちゃんの返事を待たずに、わたしは床を蹴って空中へ飛び出している。無重力下では、地上と同じように走ることはかなわない。壁には無数の取っ手があって、それに手をかけて加速や方向転換を行う。
だけど、マークちゃんは違う。
背後からやってきた彼女は、わたしを追い越し、目の前でくるりと百点満点の月面宙返り。
「あんたそれどうやってんの?」
「知りたいですかぁ?」
「いや、それほどでも」
「しょうがないですねえ」マークちゃんはわたしの話なんか聞いちゃいなかった。「空気を体から出して方向転換してるんですよ」
こんなふうに、と言いながら、マークちゃんの体は自転を開始する。四回転半なんて目じゃない勢いだ。見ているこっちが目をまわしてしまいそう。プシュッという空気が漏れる音は、エアーが出るときに生じてるみたい。
「それって、おならで飛んでるってこと?」
回転が止まった。「その言い方だと、なんか汚いです」
「いいから行くよ! 逃げられちゃう」
「待ってください。ワタシにつかまって」
言われるがまま、わたしはマークちゃんの手をぎゅっとつかむ。そうしたら、勢い良く引っ張られて、抱きしめられた。
「ちょっとっ」
「こうしないと移動しにくいんです。断じて抱きしめたいわけじゃないですよ」
ホントかなあ……。
アンドロイドとは思えないほど柔らかな感触に包まれながら、わたしは心配になった。
心配をよそに、マークちゃんの体から空気がぷしゅっと噴き出した。
ふわりと体が浮き上がる。宙へ飛び上がったかと思えば、前方へと動き始めていた。
「マジで飛んでる」
「ふふふっ。すごいでしょ、憧れちゃうでしょ、好きになっちゃうでしょー」
「好きにはならないけどね」
そんなあ、とうなだれるマークちゃんだったけども、姿勢制御は安定している。ちゃんとアンドロイドしてんなー。
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